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ゆっくりと頬に触れられる。少し、湿った冷たい手だ。私はその手に手を伸ばす。私よりも大きくて、硬くて、私とは異なる、手。目の前の、私より高い位置にある目は見開かれ、私は意図的に目を細める。どうしたの、と声を出来るだけ細めて吐き出すと、いや、なにも、と彼も細めた声を吐き出した。しないの、こわいの、とは聞けなかった。肯定も否定もせず、彼は微笑むだけだろうから。ゆっくり、けど確実に拒否して彼は私の頬に触れる手を離した。自然と私の手も離れる。かえろうか、と彼は言う。うん、と私は彼に返した。かえりたくない、と言えば何か変わったのかな?




「どうしたの、名前」

「…なにも」

「何言ってるの、全然レポートが進んでないわよ」

「…そう?リリーが進みすぎなんだよ」

「あなたの方が、私よりも変身術は得意じゃない」

「…んー」

「何かあったの?この前のホグズミードからずっとそうよ」

「……リリーは愛されてていいね」

「は?」

「何でもない!レポート終わらせちゃおう」


私って嫌な女の子だ。全然リリーに関係ないのに、ポッターに愛されるリリーを妬むなんて。こんな私を、彼が愛してくれるはずなんてない。思えば、彼に想いを伝え、彼が私を受け入れて、もう2ヶ月は経つんだ。彼は困ったように笑うのが得意だ。言いかえれば苦笑?その笑顔を見るたび、私は悲しくなる。ずきんて胸が痛くなる。私は彼に、可哀想だと思われて恋人になったんじゃないかな?憐れみからの愛なんていらない、なんてかっこいいこと思ってみるけど、本当は全然いらないなんて思えない。欲しくてしょうがない。彼はキスだってその先だってしてくれないけど、理由は聞いちゃいけない気がした。……ああ、羊皮紙がインク染みだらけだ。




「入って行けよ」

「……いい」

「どうして?リーマスと最近話してないんだろ?」

「…何で?そんなこと、ないよ」

「リーマスに、心配かけさせるな」


ブラックは怒ってるみたいだ。何、何で怒ってるの?心配、なんて彼は思ってもないくせに。どうせ、私のことなんてどうでもいいんじゃないの?憐れみから恋人になったから?これ以上悲しい思いなんてさせたくない?……これが一番ベストな回答だと思う。彼は凄く優しい人だから。そんな彼を苦しめてるのは、私?私って本当に嫌な女。ブラックに強く背中を押されて、彼らの部屋に入る。私とは異質なにおい、空気、もの。あんなところに大人の絵本がある。……彼も読むのかな。ちょっと怖い。私じゃ物足りないのかな、だからキスもその先もしないのかな。本が飛んでいく。自然とそれを目で追うと、彼が持っていた。


「僕のじゃないよ」


困ったように微笑み、再び本が飛ぶ。私から一番遠いベッドの中に音をたてて落ちた。こうやって見ると、魔法ってすごいと思う。私だって一応魔女だから魔法を使えるんだけど、未だに見ると感動してしまう。なんでこんなに関係のないことを思うんだろう?心臓が少し早いビートで動いていて、あの時の彼の手より今の私の手のほうが冷たい。彼の生活圏にどたどた入り込んでしまったみたいだ。少し緩められた彼のネクタイとか片側だけ出たシャツとか、普段見られない彼の姿に不謹慎にも鼓動が速くなる。…馬鹿だ、私。


「…別に、気にしてないよ」

「そう。残念」

「……え?」

「少し、気にしてほしかったな」


どういう、意味?"気にしてほしかった"ってどういう意味?彼は曖昧な笑顔を浮かべている。さっきの困ったような笑顔は何処へ行ったの?彼が少し、怖い。目がゆっくり細められる、こんな顔、見たことない。彼は椅子から立ち上がって、ネクタイを緩めて解く。顔がものすごく熱くなって、後ずさる。彼は目を丸くして面白そうに笑う。


「ネクタイって好きじゃないんだ」

「……そうなの、意外」

「そうかい?」

「……うん、ちゃんとしてるイメージがあるから」

「名前にはそう見せたかったんだ」

「……え?」

「そうすれば、嫌われないと思ったから」

「……嫌わないよ、私は」

「どうかな、現に今、僕は嫌われているみたいだし」

「…どうして、そんなこというの?」

「僕、何かしたの?」

「…………」

「僕は結構、人の気持ちに敏感らしくてね」

「……なにもしてないよ」

「だったら、」

「私がしてほしいこともしてくれない」


どっと冷や汗が噴き出る。言ってしまった、言っちゃった。弁解しなきゃ、嫌われるのは私の方だ。かたかたと手先が震える。どうしよう、どうしたらいい?がたっと音をたてて、何か落ちた。ああ、と彼の声が聞こえる。彼が屈みこんで何かを片付けている。手伝わなきゃ、床にへたり込んで彼の方に手を伸ばす。


「いいよ、僕がやったんだから」


彼は私の手をつかんで、ちゅっと音をたてて口づけた。そこから熱が伝わってみたいに顔がものすごく熱くなる。つめたいね、と彼が言う。吐息が私の手にかかる。ぶるりと身体が震える。拒否じゃない、きっと何か別のもので。


「ねえ、」

「…………」

「名前がしてほしかったことって何?」

「………何でも、ない」

「何でもないの?本当に?」

「……多分、あなたはしたくないことだよ」

「名前は、僕の名前を呼ばないね」

「……私には、あなたのしたくないことを強要する権利はないから」

「僕にも、だ」


彼は片付けるのを止めて、私の手を引いた。勢いで彼の胸に飛び込む。初めて彼のにおいを嗅いだ。こんな、こんなにおいなんだ。足元でまたがたっと音がした。彼は私に触れていない方の手で私の頬を撫でる。どうして、声にならない声が零れる。どうして、いま、私は続けられない。こうしたかったんだ、ほんとうは、と悲しそうに微笑んだ彼はつぶやいた。


「ねえ、名前」

「…………」

「この世で最も恐ろしいことってなんだかわかるかい?」

「…………」

「愛する人を拒否して、愛する人に拒否されることだ」


まったくぼくらのことだね、と彼は悲しそうに微笑んだ。あなたは、しなければならないの、と問う私に彼は微笑むだけだった。きみのしたいことはなに、と彼は私に問う。答えられない私を彼は私たちに一番近いベッドに倒す。


「こうしてみたかった」

「……どうして、いままで?」

「こわかった」


初めてだ、彼の口から"こわい"という言葉を聞くのは。目を丸くした私に彼は困ったように微笑んだ。きみはぼくのなまえをよばないね、彼はもう一度つぶやいた。どうしてそんなことがきになるの、と私は問う。きょひ、されてるみたいだ、と言いながら顔を歪める彼に怒りを覚えた私は、きょひ、してるのはどっち、と言うと、彼は目を丸くして三日月みたいに目を細めて笑った、そうだね、ぼくだ、とつぶやいた。


「そうだよ、あなただよ」

「そうだね、ぼくだね」

「こわいのは、私」

「…………」

「求めても返ってくることなんてなくて、そんな求める私をあなたは嫌うんじゃないかって思ってた」

「…………」

「どうして、私と恋人になってくれたの?」

「……なってあげたつもりはない」

「…………」

「僕が名前と、恋人になりたかったんだ」


私の頬を彼の手が撫でる。あの時の私の手より今の彼の手のほうが冷たい。もとめると、ふかみにはまりそうでこわい、と彼はぽつりとつぶやいた。どうして、と私は問わずにはいられなかった。彼は微笑む。悲しそうな微笑みだった。どうしてそんなかなしいかおをするの、と言うと、ぼくがきみをきずつけるにちがいないから、と答える彼が、私を覆えるくらい大きいはずの彼が私より随分小さいこどもに見えた。


「リーマス、」


初めて彼の名前をつぶやく。彼は目を満月みたいにまんまるくして自分が組み敷いている私を見つめる。まるで小さなこどもが初めて家の外から出たみたいに、初めて日光をガラス越しではなく浴びたときみたいに、目を真ん丸くする。なんだい、名前、と彼はつぶやいた。


「キス、して」


彼は恐れる、私も恐れる。彼は壁を打ち破ることは出来ない、私も壁を打ち破ることは出来ない。数学みたいにマイナスとマイナスの積を簡単にプラスに変えることは私たちには出来ない。でも、それでも、彼が愛しい、彼がほしい。震える声で呟いた私の唇を彼はゆっくりゆっくり塞いだ。私とはやわらかさも、うるおいもちがう、異質な唇だった。




20100817