真夜中、
「よお」
忘れたくても忘れられない人が再びやってきた。どうしたって忘れられないのに、忘れる努力をしてしまっていた。相変わらずのハンサムさに動悸で吐き気さえする。大した服も着ていないのに、気品さえ感じさせる。
「久しぶり」
「そうか?」
「連絡さえくれないくせに」
「そうだったかもしれないな」
このバイクにどれだけの人を乗せたのだろうか、手慣れたエスコートで私は跨る。ヘルメットもつけずに、ライトもつけずに、滑るようにバイクは走り出した。何も見えやしない。いったいどこに向かっているのかも、またこうして繰り返すのかも、これからは幸せにいられるのかもわからなかったけれど、背中にしがみつく。もう来ないで、と、もう会うのをやめよう、と言えばよかったのに、こうやってしがみついているのは愚かだ。そんなことにも気付いている。こんな関係がずっと続いているのに生産性も何もないことにも気付いている。だけど、こうして繰り返すことが当たり前になっていることにも気付いている。
なぜなら私は相も変わらず、この人が私を見るときの目に見惚れる。
なぜなら私は相も変わらず、この人が好むような服を着ている。
なぜなら私は相も変わらず、この人が私のもとに戻ってくることをどこかで期待している。
「集中できないな」
声を張り上げられる。
「お前が後ろに乗っていると」
集中できないのは私も同じだった。だんだん減速していくバイクにも気付かなかったどころか、いつの間にか家に戻っていたことにも気付かなかった。また手慣れたエスコートで今度は私を下ろし、まるで自分の家のように私の家に入り、電気も付けずにコートを脱いだ。流れるような動作に、知らない香りが香った。
「そういえば、こんなところにいていいの?」
「どうして」
「新しい女の子と一緒にいた、って聞いたけど」
資格などないのに、責めるような口調になってしまった。
「ああ、でも」
「でも」
「やっぱりお前のこと、考えてしまうんだ」
何度離れたのかもわからない。何度こうやって繰り返したのかもわからない。私も、と呟くと私に触れる手に、温かささえ感じる。私以外の女にも触れたくせに。そして私もこの人以外の男に触れたくせに。それでも帰結するのだ、ここに、この人に。
20150514