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目の前でニヤッと笑う顔は、あの泣きみそ野郎に向けられていたときには至極気分が良いものだったのに、自分に向けられていると思うと至極気分が悪いものだ。そして、まるでこどもが自分の母親に近寄ろうとするのを見つめているような生暖かい目で俺を見ているのも。全く夫婦揃って俺をなんだと思っているんだ。


「それで、どうするつもりなんだい?」


まるでアメリカ人のように態とらしく肩を竦めて手をひらりとさせたジェームズは更に俺を苛つかせた。リリーもクスクス笑いながら紅茶を淹れなおしている。だから、笑うのをやめろっていうんだ、口に出してはいないが。腹立ち紛れに紅茶を口に含むと思った以上に熱く、顔を顰めると更に笑みを深められる。


「君ねぇ、そうやって気まずくなるとすぐ何か飲む癖をいい加減に直した方がいいよ。リリーの紅茶はもっと味わって飲むものだ」

「いちいちお前は喧しいな」

「いちいち面倒くさい君よりマシだね」

「どっちもどっちだわ。ゴブリンの背比べね」

「おいおい、こんな意気地なしと一緒にしないでくれよ」

「誰が意気地なしだよ」

「声を荒げないでちょうだい。ハリーが起きてしまうわ」

「君のせいだよ」

「お前のせいだよ」

「2人のせいよ。……ところで、パッドフット、今日は何の日かご存知?」


にっこりと俺に微笑んだリリーに嫌な予感がした。もちろん、今日はバレンタインだ。この時期にホグズミードやダイアゴン横丁に行けばそこかしこで“チョコレートを2人で”やら、“唯一の君へ愛を”やらやっている、気付かないわけがない。一体何を今更なことを言っているんだろうか。ジェームズを見ると同じようににっこりと笑みを浮かべている。だから、夫婦揃って同じことをするのは気味が悪いからやめてくれ、学生時代には犬猿の仲に近かったくせに。


「その顔はわかっているみたいね」

「だったらなんだって言うんだよ」

「来るのよ、名前が」


リリーが口に出した途端、バシッという大きな音がした。ゆっくり振り返ると、少し乱れた髪を撫でつけている名前が立っていた。顔が引きつる。


「……あれ?」

「いらっしゃい。あら、髪が乱れてるわ」

「だって外は雨だよ、それに風まで凄いんだから。髪の毛を結び忘れちゃったんだもの」

「もう、きちんと家を出る前に確認しなさい」


リリーが名前の髪を撫で付けている。その姿に腹の奥でごとりと何かが動いた気がした。眉間の皺が深まっていくのが自分でもわかる。ジェームズが隠そうともせず笑い声を上げ始めた。何がそんなにおかしいっていうんだ。


「どうしたの?」

「失敬失敬、ここにいる馬鹿が少しね」

「この中で馬鹿なら私だと思うんだけど」

「もちろん君ではないよ、そういう馬鹿じゃないんだ。もっと質が悪いね」

「とりあえず、ジェームズが私のことを馬鹿だと思ってるのはわかった。で、リリー?聞いてないんだけど?」

「言ってないもの」

「言ってよ!……その、こんにちは、シリウス」

「……ああ、いっ!」


脛に激痛が走る。犯人を見るとまた肩を竦め、チッチッチッと舌を鳴らしながら人差し指を突き立てて左右に揺らしている。睨みつけるとやれやれといったように肩をまた竦められる。だから、俺が何をしたって言うんだよ。


「ごめんよ、名前。彼は悪いやつじゃないんだけどね、馬鹿なんだよ」

「だから誰?」

「うるさい」

「おお、怖い」

「そんなにからかったら可哀想よ。確かに馬鹿だけど」

「全然フォローになってないって気付いて言っているだろ」

「えーっと、よくわからないけれど、とりあえず久しぶりだね、ハリー、シリウスも」


コートを脱ぎ、杖を振ってラックに掛けてから名前はハリーが眠る部屋の方へ行ってしまった。それに、“も”って、何だよ。胸の奥がが萎んだように感じる。そんな俺を見てジェームズがまた笑い出し、今しがたジェームズがやったのと全く同じようにリリーが肩を竦めた。夫婦ってこんなに似てくるものなのか?


「全く、グリフィンドールの名に恥じると自分でも思わないのか?」

「……全事物に勇猛果敢に臨めると思ったら大間違いだ」

「君はただ臆病なだけだ、パッドフット。僕らはこれからどうなるのかちっとも先が見えやしないけれど、別にこんな時代だからってわけじゃないだろう。いつの時代だって仮に一度魔法に失敗すれば人生がパァになってしまうことだってあるはずだ。まぁ僕に限っては、そんな可能性は0に等しいが」

「……何が言いたい?」

「失うのが怖いほど、彼女との将来を見据えているならさっさと行動しろよ、親友」


ジェームズはもう笑っていなかった。そしてジェームズの言葉は深く突き刺さった。俺は彼女を失いたくない。だからこそ、最初から手に入れない方が良いと考えていた。一度手に入れたらもう手放すことなんて出来ないだろうから。もう嫌だというくらいに死を見てきたのに、きっとこれからも更に多くの死に直面するだろう。その中に彼女が含まれていることは必至で、それが唐突に訪れるかどうかなんて誰にもわからない。じくりと舌が痛んだ。それを掻き消すように紅茶を口に含む。


「ハリー、起きてたよ」


名前の言葉にハッと顔を上げる。ハリーを抱いた名前に身体が弛緩していく。リリーを制して立ち上がり、名前に近付くと、名前は想像以上に小さかった。目を瞬かせる名前の頭を撫でる。ハリーがそんな俺を見てふにゃっと笑った。


「今日」

「え?」

「お前の夜を俺にくれ」

「……………えっ!」


名前は目を白黒させて顔を赤くしている。背後ではジェームズが爆笑しているし、リリーは聞こえよがしな溜め息をついた。ハリーすら笑うのをやめてまるで責めているような目でじっと俺を見つめ、居た堪れなさすら感じさせる。……俺、何か間違えたか?


「はー……君ね、笑わせないでくれよ!」

「……全く身に覚えがないんだが」

「今迄あなたが交流していらっしゃった女性の位が知れるわね」

「ごめんよ、名前。こんな奴だけど根は悪い奴じゃないんだ。ただほんの少しだけ愚の骨頂を突き抜けているだけで」

「ええ、ほんの少しね。身体の4分の3位かしら?」

「あ……う……」


名前の頬は相変わらず赤く、酷く狼狽しているようで、ハリーをギュッと抱きしめている。ハリーはまるで名前を守るかのように俺を見ているし、俺自身は一体何が何だかわからない。俺は何を言った?名前の今夜が欲しい、バレンタインだから。そしてもう午後だから。……だが、名前は頬を赤くさせている。


「そ、その、気を悪くさせたなら、申し訳ないんだが、理由が全くわからないんだ」

「……悪いけど、嫌。今日だけなんて、しかも夜だけなんて嫌」

「………え?」

「全く馬鹿だねぇ、君は」

「ええ、本当にこんな男でいいのかしら?」


リリーが名前の手からハリーを受け取る。そしてじっと俺を見つめた。黒いと思っていた目は見つめると少し明るく、透き通っていた。その目に見つめられるにつれ、俺の心臓は奇妙に激しく動き出す。まだ頬は赤く、目は潤んですらいる。


「今日だけとか、夜だけとか、そんな程度なら私を舞い上がらせたりしないで」


名前の言葉にどくんと心臓が疼いた。違う、違うんだ。さっきハリーを抱いていた手を掴み握りしめる。ほっそりした、やわらかくてちいさい手だ。折れてしまいそうだ。慌てて力を緩める。そんな勘違いをさせてしまったなんて、それでも、もし望みがあるなら、


「これから先の朝も夜も、毎日一緒にいたいんだよ、名前と」


名前の目が丸く見開かれる。そして頬がさらに赤く染まる。背後ではーっと聞こえよがしに溜め息をついたポッター夫妻は揃って苛立たしいが、とりあえず感謝のみはしておこう。




20140218