つまらない、あまりにもつまらない。自分とは違いいつまでたっても見慣れもしない飽きもしない、茶色とも黒とも形容しがたい瞳をじっと見つめる。最初は素知らぬふり気付かない振りをしていた目の前の(同い年のはずなのに、民族性のせいかやけに幼く見える)少女は、出逢った当初は黄色と、だが今は透き通るほど白いと感じる肌をだんだんほんのりと赤色に染めあげていく。それでも視線を俺に向けることはなくて、少し気に食わない。ただ、飽きはしない。名字の頬の色のような花がどこかにあると思ってしまったりする、そう感じてしまうのは名字が一輪の花であるかのようだからで。
「…………」
よし、少し集中を欠き始めたようだ。俺が見つめはじめてからしばらくして、ページをめくる手が止まっている。あ、指先だけ微かにピンク色なんだ。これがサクラ色っていうのか?名字は俺にもわかるくらい本に集中してないし、それが俺のせいだということは百も承知だ、けれどあえて話し掛けようとしない俺は相当のサディストなのかもしれない、名字に対してのみ適用されるのは言うまでもないが。きらきらとした名字の瞳が本に向けられるのをやめ、うろうろと空中を彷徨い始めるのを口を緩まないように引き締めながら見つめつづける。ああ、可愛い。俺を見てほしい。
「あ、の………」
「ん?」
「何か、あるの?」
「何もないけど?」
「じゃ、じゃあ何で見てくるの?」
「"何で"ってどうして。気になるのか?」
「………ブラックくんって意地悪だね」
「意地悪か。そんな俺は嫌い?」
「…意地悪な人は嫌い」
「じゃあやめよう」
「え?」
「名字に俺を嫌ってほしくない」
「どうして?」
……今度は俺が困る番らしい。この鈍感さが無意識なのか故意なのかは俺には図り知れないが、どちらにしろ質が悪い。情けないと思いつつも無意識に俺の視線は名字から離れて空中を彷徨い始めた。名字は不思議そうにあの綺麗な色の瞳で全てを見透かすような瞳で俺を見てくるのが視界の端々に入り、それがまた俺の心臓を上下左右にハイスピードで揺らす。この胸のたてる爆音が名字に聞こえていたら?ああ、もうそれならジェームズの透明マントでも借りたい、自分でもわかるくらい情けない姿の俺なんかを名字に見せたくはないから。何故かって?わかってくれよ、少々恥ずかしいが、俺にとって特別な女の子には少しでもハンサムな俺を見せたいじゃないか。あ、でもそれには問題があるな。名字に見せられない俺がいるとしたら、偽りの俺を見せることになって、それだったら俺を俺として受け入れてくれないんじゃないか?それならもう、情けない俺でも、全ての俺を名字に見せなければ意味のないことになる。そう、ただ1人の女の子にこんなに夢中になって、その女の子の言動に翻弄されている、端から見たら少々情けなく感じるだろう俺も、名字には見せなければ。俺は視線を彷徨わせるのをやめ、名字を見つめた。いや、名字の手を見つめ、その手に触れた。サクラ色の指先は冷たくて、俺が少しでも力をいれれば折れてしまいそうなくらい弱々しい。堪らなくなってその指先にキスをする。衝動的且つ理性的にだ。
「なっ…!?」
「何?」
「な、何するの!?」
「何ってキスだけど」
「キ、キスって…どうして?」
「名字は疑問形ばかりだな」
「だ、だって、さっきからわけのわからないことばかりしてくるから…」
「そうだな、俺にもよくわからない」
「え?」
衝動的且つ理性的なのは、ただキスをしたくなったから、そして俺を見てほしくその手段にただキスを使っただけのことなんだ。でも一々それを説明するのは面倒だし、そんなことを気にするよりも俺は今取り敢えず、
「名前とキスがしたいんだけど、良い?」
ドサッと音をたてて落ちた本にも気付かない名前は確実に全神経を俺にむけている。自然に上がる口角も知らない振りをして、誰よりも愛しく感じる君の唇にキスをしたいんだ、やったもん勝ちだよな?
20101107