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名前という人間は、どう形容していいかわからない人間だ。俺との関係性は使用人と主人、と言えば一番正しいのかもしれない。当たり前にそばにいて、けれど年は近くて、一緒にホグワーツにも通った仲でもあって。それでも他の使用人と違ったのは俺が嫌だと言ったことはさせなかったことだった、それがどこか心地よくて、どこか不快だった。そのあとの叱られ具合にいつの日にか気付いていたからかもしれない、しもべ妖精とほぼ同程度自分で自分を痛めつけているのを見たことがあるからかもしれない、父や母や使用頭に怒鳴られているのを見たことがあるからかもしれない。要は自分のせいで叱られているのが嫌だったんだ、不甲斐ないと感じてしまう自分がいるんだ、どうして不甲斐ないと感じている自分がいるのがわからなかったんだ、今では分かることでもどうしてその瞬間では分からないことが多いんだろう。



年が近いくせに、俺は身体が小さかったらしい。まあ子供にとっての数年はあまりにも大きい差であるにしろ、レギュラスがほんの小さな赤ん坊だった頃、俺にとって名前はとても大きな遊び相手だった。今思い出すとどこか気恥ずかしいが、いつも後を追いかけていた気がする。彼女がブラック家の金でホグワーツに行ってしまうときも、いじけて無視したりしていた。名前はそれに嫌な顔ひとつせずに(、まあ立場からいってそんなことが許されるはずもないのだが)、ホグワーツに行く度に「行ってまいります、シリウスさま」、ホグワーツから帰ってくる度に「ただいま戻りました、シリウスさま」と静かに頭を下げた。それがどこか気に食わなかったんだ、あの時の俺は。明らかに俺に非があるのにも拘わらず、名前はずっと昔から全ての罪を被る。こんなことがあった。


「なぁ、」

「何かございましたか、シリウスさま」

「女って、どんなもの?」

「と、仰いますと?」

「マグル出身の友達から聞いたんだ、マグルの世界には、“マザーグース”っていうものがあってさ」

「“マザーグース”、でございますか」

「そう、そこにはさ、“女の子はお砂糖やスパイス、全ての素晴らしいもの、そんなもので出来ているよ”って書いてあるんだ」

「素敵でございますね。男の子は何で出来ているとうたっているのですか?」

「“蛙やかたつむりや子犬の尻尾”」

「何とも可愛らしいですね」

「で、名前は?」

「と、仰いますと?」

「名前もさ、“お砂糖やスパイス、全ての素晴らしいもの”で出来ているのか?」


そのあとは、まあ、ご想像にお任せだ。それが初めて名前に触れたとき。慣れもしないのに跡はたくさんつけて、それが嫌なのかどうなのか俺には分からない言葉で名前は叫んでるみたいだった。それが不快から来るのは初体験の俺でも分かった。衝動的に触れたそのときでは分からなかったけれど、彼女は美しい。複数の女と関係を持って、あんなに綺麗だと感じた女はいない。そう思ってしまうのは彼女にある感情を持っているからだ、と気付いた時にはもう遅かった、いや、遅いも何もない、俺にはそんな感情をもつことすら許されてないのだから。ただ、彼女の初めての証を見た時ほど高揚したことはなかった。ああ、俺が、初めての、……今思えばなんて浅ましい。



近付いちゃいけない、これ以上こう思っちゃいけない、駄目だ、駄目だってわかってるだろう。何度自分に制止をかけただろう、それでも、名前が拒否してくれないから俺は求めてしまうんだ。わかってる、自分に非があるのに名前が全ての罪を被るのが嫌だとか言いつつも、俺は名前のせいにしてるんだ、なんて愚かな、なんて自分勝手な。拒否しない名前は、少しくらい痛い思いをしても、少しくらい暴言を浴びさせても、頷くだけだった。微かに唇をかみしめて声を出さないように、それがまた俺を苛々させた。嫌なら拒否すれば良いのに、それに甘えている俺もいるくせに何を思っているんだか。



「俺、」

「はい」

「俺、……」

「何かございましたか、シリウスさま」


そう言って名前はほほ笑んだ。どんな女よりも美しく、いくら俺が動物のように求めても穢されることなく、綺麗で、壊してやりたいほど、綺麗で、初めて俺は名前に口づけた。キスなんて数え切れないほどしてきたのに、まるで初めてできた恋人にしたときのように胸が鳴って、唇が震えて。


「……如何致しました?」


黒い目と、まつ毛がゆっくり開くのを見たとき、ああ、俺は、


「俺と、一緒に来てくれ」


この女を手に入れたいと思ったんだ、それが、この女に、名前に対する気持ちの根源だった。目を丸くして、名前は微かに首を振った、それが初めて俺への拒否を示した瞬間だった。それと同時に、俺はあることに気付いた。俺は、名前を女として見ていなかったんだ。そう知ってしまった自分が恐ろしくなって、名前の前から逃げた。

俺は気付かなかった、俺は気付いていなかった。人間はないものねだりであることに。
俺にとってないものは温かい家族だ。無償に与えられる愛、絶対的に存在する温かな関係性。当たり前にある人間には気付かないが、それが“家族”であることだと思っている。母親に抱きしめられた記憶なんてない、母親から向けられる冷たい目しか記憶にない。
名前は俺がいくら求めても拒否をしない、こんこんと湧きあがる泉のように愛を与え続けてくれる存在。
それはある意味で理想の母親だったんだ。
衝動的に家出をした、多くの人に迷惑をかけた、清々したなんて嘘だ。引きとめてもらいたかった、誰よりもあの母親に。
名前がこれに気付いていたかなんてわからない、それでも彼女なら、「作用でございますか、シリウスさま」と柔らかく微笑んでくれる気がするのは、やっぱり俺が名前に甘えているからなんだろうな、名前。




20101013