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かくん。あ、足を挫いた。昔右足を挫いたせいで癖になってしまったのね。ああ、この靴、お気に入りだったのに。傷が付いてしまったわ。それに踵がこうも見事に折れてしまうなんてついてない、けど残業中で良かった。

廊下でそっと片足だけ脱ぐと、皮一枚で本体とつながる踵が目に入り知らず知らずにため息をつく。これ、直るかしら?片足だけ履いて歩くのも面倒だし、別の足も脱いでしまおう。挫いてしまったせいで右足を引きずりながら会社の冷たい廊下をストッキング一枚で歩く女はきっと間抜けに見える。だって仕事が上がって帰路につく社員が物珍しげに見てくるもの。なんてうっとうしいの。苛々しながら自分の部署に戻る。もうほとんど帰ってる、けど景吾はいる。


「景、…跡部、まだいたの?」

「もう仕事も終わりだ」


諫めるような視線。ああ、そうだったわ。2人きりのときは名字で呼ばないこと。それが会社でも適用されるなんて思わなかったけれど、なんだか嬉しい。思わず笑みがこぼれる。


「ごめんね、景吾」

「別に構わねえよ。……なんで裸足なんだよ?」


やっぱり気付かれるわよね、説明するのも面倒で靴を自分の顔の横まで持ち上げる。


「ああ、踵が折れたのか」


声を出すのも億劫で、頷くだけで精一杯だ。足を引きずって、自分のデスクの見慣れた椅子に座る。…ああ、どうやって帰ろうかしら。タクシー?そんなお金、ないわ。だったら靴を直すしかないわよね。でも接着剤なんかでくっつけるのは嫌。ちゃんとした靴だし、お気に入りの靴だし、ちゃんとしたお店で直したい。


「おら」


目の前にどんと置かれた箱。声はもともと誰のものかは分かっていた。視線を上げれば踏ん反り返る景吾が目に入る。


「…何よこれ」

「記念日だから」

「記念日って……まだじゃない」

「あーん?少し位早くても良いだろうが。それに、会社に泊まるしかなくなるだろう」


箱にある私には手が届かないほど高くて有名なブランド名に吃驚しながら、恐る恐る壊れ物をあけるように箱を開けると、なんとも可愛らしいミュールが入っていた。私の好みにぴったりで、センスもよくて、これ、


「景吾、これって」

「気に入らねえわけねえよな?俺様が選んでやったんだから」


景吾の趣味でもある。私の考えに間違いはなかった。素敵、すごく。それにこれで会社に泊まらなくてすむ。履こうと手に取ろうとすると、景吾の綺麗な手が伸びて先に取ってきた。


「俺様が履かせてやるよ」


そう言って景吾は私の足の近くに跪く。私の足を宝石みたいに優しく手に取る景吾はまるでお伽噺に出てくる王子様みたいだ。だったら私はお姫様かしら?似合わない、あまりにも似合わなくて笑える。本当のお伽噺ならここでプロポーズ、そして末永く幸せに暮らしました。現実では有り得ない。


「名前、」

「何?」


「結婚しようぜ」




Cendrillon
(にやりと笑った景吾。似合いすぎね、笑いすぎて涙が出てくるわ。)


***
Cendrillon(フランス語でシンデレラの意)