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暑い暑い夜だった。ロンドンにしては珍しく、じめじめした夜だった。寝返りを繰り返す、が、頭は妙に冴えていて、寝れそうにない。幾度となく瞳を開けて、もう細い月の光に照らされた見慣れた自分の部屋が目に入る度、再び瞳を閉じて溜め息を吐く。あぁ、早く寝たいのに。今は夏休みだから明日は学校ではないけれど、寝たいのは変わらない。

夜になると色々なことを思い出す。課題のこと、夕食のこと、パパやママのこと、それから滅多に会えない何歳か年上の幼馴染みのこと。
彼は11歳になった夏休みのあと、何処かへ行ってしまった。ただ彼がすごく喜んでいて、私はすごく悲しんでいたことは記憶に残っている。一ヶ月に一回具合が悪くなる、甘い物が好き、……それくらいしか記憶に残ってないけれど。
元気にしてるのかしら、なんて。柄にもなくセンチメンタルに浸る自分が少し笑える。


こつり


物音がした。窓からだ。どうせ風だろう、と思い無視すると


こつりこつり


だんだん大きくなっていく物音に背筋が凍る。私の部屋は4階にあるわけで、普通の人間なんか来られるはずがないのだ。気のせい気のせい。


こつりこつりこつり


こ、怖い!気のせいではないらしい。窓を見ると人影がうつっていた。叫ぼうとしても声が出ない。がたがたと身体は震え、気温は暖かいのに寒気がする。心臓は早鐘を打っている。月の逆光で顔は見えない、が何故か小さく揺れている。…もしかして窓拭き屋さん?でも、それなら窓は叩かないはず。その人影は何か細い物を取り出し、窓の蝶番を二回叩いた。


がちゃり


窓の鍵が開く音が、した。な、何で、泥棒!?生憎盗まれる程高価なものはこの部屋にはない。いよいよ心臓は早鐘を通り越してゆっくり打つようになった。その人影は窓を開け、部屋の中に入ってきた。


「ルーモス」


男の人の声がする。細い物が眩しい程の光を放つ。あぁ、木の棒だったんだ…ってどうして!?"ルーモス"って言っただけじゃない!


「…名前?」

「え?」


男の人は私の名前を知ってるらしい。じゃあ、計画的な泥棒なのかしら?その間にも心臓はどくんどくん脈打っている。


「起きていたのか」

「まぁどっちでも良いんだけどね」

「久し振りだね、名前」


だんだん近付いてくる男の人の顔には所々古傷がある。鳶色の髪の毛と瞳、もしかして


「……リーマス?」

「あぁ」


少し細められた目は確かに昔良く見ていた瞳だ。何処へ行っていたの、どうしてそんなに傷だらけなの、疑問は沢山出てきたけど、何も言えなかった。何故なら、リーマスが風変わりな格好をしていたからだ。長いローブ、光っている細い棒を右手に持ち、左手には…箒だ。も、もしかして


「……リーマスって魔法使いなの?」

「…え?」

「そ、そんなわけないよね!冗談だよ」

「ごめん、そんなわけあるんだ」


眉をハの字にして困ったように微笑むリーマスを凝視してしまう。リーマスが魔法使い?


「ずっと黙っててごめん。今までどこに行ってたか、っていうと魔法学校なんだ。全寮制でさ。やっとこの夏卒業して、就職先を探しているところ」


リーマスはなにを言ってるんだろう?つらつらと並べられた言葉は私の耳に入って来るけれど、脳内には入って来ない。


「でね、名前を連れて行きたい所があるんだ」


突然話の矛先が私に向けられ、固まってしまう。「連れて行っても良いかな」という言葉に自然に頷いてしまった。

目下にはロンドンの町並みがパノラマのように広がっている、のは分かるけど、箒が空を飛べるなんて到底信じがたいことが今起こっている。そしてその箒に私は乗っているのだ。状況は理解しているけれど、脳が追い付かない。ただ、すごい高度だから落ちないように、というリーマスの言葉に従いしがみつくだけだ。


「名前、大丈夫?」

「だ、大丈夫」

「……ごめんよ」

「ち、違う!綺麗だし」


それは本当のことだった。目下に広がるロンドンのパノラマは、きらきらと輝いて思わず見とれてしまう程だ。魔法使いはいつもこんなすごい世界を見てるのかしら、もしそうならうらやましい。でも、高所恐怖症なら耐えられないかもしれない。ロンドンから目を離した途端、身体がぶるりと震えた。


「寒いかい?」

「あんまり寒くない」


嘘だ。それなりに寒い。対策をして来れば良かった。けれど、リーマスの体温が高いのでしがみついていれば、平気だ。

急に箒が止まった。慣性の法則でリーマスに強くぶつかってしまう。


「ご、ごめん!」

「いや、大丈夫だよ。…ねえ名前、上を見てくれないか?」


頭上には大小様々な星々がきらきらと輝いている。人工的ではない、ありのままの綺麗な景色が広がっている。


「来たかった場所はここなんだ」

「そうなの?」

「ああ」

「すごく綺麗、ありがとう」


リーマスが魔法使いだということに納得したわけではない。まだ疑っているし、恐ろしくもある。だけど、こんな素晴らしいところに連れて来てくれたことには感謝していて、そういえばリーマスはよく私が喜ぶことをしてくれたような気がする。ただ、今のように悲しそうな顔はしていなかったけれど。


「僕が2番目に名前にしてあげたかったことだよ」

「…2番目?」


思わず聞き返してしまう。ならば1番目はなんだろう?


「…今、変な事件が増えているだろう」

「変な事件?」

「変死とか、骸骨の模様が空に打ち上げてられていたりすること」


確かに最近変な事件が増えていることを思い出した。ヴォルデモートとかいう人物が関わっているらしい。


「そいつが、マグルにも勢力をのばしつつあるんだ」

「マグル?」

「魔法使いじゃない、普通の人間のことだよ」

「…私も、その、マグルなの?」

「そうだよ」


作り話にしては出来過ぎている。ようやく実感がわくようになった。彼は、リーマスは、魔法使いなんだと。だが、それがなんの因果関係があるのだろう?


「僕はね、それらの事件の首謀者に反抗する組織に入ってるんだ」

「そんなものがあるの?」

「僕の母校の校長が主催者なんだけどね」


いきなり話が飛びすぎて、頭が付いて行かない。リーマスはなにを言ってるの?それを私に話してどうするの?


「…今、僕の親友が例のあの人に狙われている」

「例のあの人って?」

「事件の首謀者だよ」

「狙われているって……殺されてしまうっていうこと?」

「そうならないように僕らは闘ってるんだ。もう犠牲者は出さないように」


それっきりリーマスは黙り込んだ。何故リーマスがそんなことしなきゃいけないの?死ぬかもしれないのに?幾つも疑問が浮かんだけれど、リーマスは友達の為ならなんだってする人だと知っているから、何も聞けなかった。


「……例のあの人は、僕の身辺を知っている」

「え?」

「だから、狙っている僕の親友へ揺さぶりをかける為に、僕を狙って来るかもしれない」

「ちょ、ちょっと待って」

「だからもしかしたら名前のところに来るかもしれない」

「…リーマス」

「僕が名前に1番してあげたいこと、それはね、君の記憶を消すことだ」


思考回路がストップした。私の記憶を消す?


「そ、そんなこと…」

「出来るんだ。僕と関わりがあったせいで、名前に迷惑をかけたくない」

「私は平気だよ!」

「平気じゃないから言ってるんだ!」

「…っ!」

「……ごめん。消すのは僕の記憶だけだから」

「…そんなの嫌だよ、リーマスとの記憶を忘れるなんて」

「…ごめん」

「そんな言葉なんか聞きたくないよ!」


リーマスは何故私にリーマスのことを忘れろとか言うの?私を危険な目に合わせたくないと言うけれど、私はリーマスのことを忘れるくらいなら、それくらいどうってことないのに。


「……君がどう言おうと、忘れさせる」

「いやだ!」

「頼むから、…僕のことを忘れて幸せになってくれよ」

「……リーマスはそれで嬉しいの?」

「………君が幸せなら」

「どうして?」

「……名前が大切で、愛してるからだ」

「……リーマ、」




「オブリビエイト」
(最後に見たのは、あなたが静かに涙を流す姿)