あの人が何を言ったのかは理解できても、何を言いたかったのかは理解できなかった。のろのろと家族のもとに戻り、車に乗り込んだ。その前の年にシリウスと出会った駅からの帰り道ではすべてが輝いて見えたのに、もう何も見られなかった。ぐるぐるとあの人の言葉が頭の中を巡った。マグルはわたしのことだ、というのはすぐに分かった。けれどスクイブとはどういう意味なのかはわからなかった。姉に聞けばすぐに教えてくれただろうけど、姉に話しかける勇気はなかった。ラジオの音なのか、姉や両親の会話の声なのかもわからない、ノイズのようなものが耳の中に入ってきたけれど、どこか知らない国の言葉に聞こえた。
姉とは話さないまま、いつの間にか休みは明けた。そしてシリウスからのふくろうはやってきた。今日は何があっただとか、今週は何があっただとか、ただの世間話のようなものだった。わたしがもし姉のように魔法が使えたら、もしシリウスがただのマグルだったとしたら、同じ学校に通えていたとしたら、一言二言で終わるような内容だった。シリウスと出会う前からも、何度このもしもを考えたのかはもうわからなかった。それでも、シリウスと出会ってからは強くなっていった。
−あいつはマグルとかスクイブのちょっとした知り合いが欲しかっただけだから。−
あの眼鏡の人が意図するところは、冷静になって考えることが出来た。わたしを利用した、ということは、わたし以外のマグルだとかスクイブでもよかったということだった。それでも、シリウスが何をしたいのかはわからないままだった。それだけはいくら考えてもわからなかった。ふくろうは前よりも辛抱強くわたしの返事を待ってくれるようになっていた。シリウスへの返事は一言で済ませられるものだったけれど、わたしには聞きたいことがたくさんありすぎて、いくら紙があっても足りなかった。どんどん増えていく知りたいことに、胸やけがしそうだった。ふくろうがわたしのもとにやってきている事実だけが、わたしをまだ利用している期間が続いていることを証明していた。
「利用されているとか、どうでもいい」
わたしが呟くと、ふくろうが首を傾げた。利用されていたとしても、わたしはこの繋がりを断ち切りたくなかった。
「なんか疲れてない?」
学校に行くと友人が話しかけてきた。別に疲れているつもりはなかった。とりあえず笑って首を振ると、不機嫌そうな顔をした。
「誤魔化さないで」
「だって疲れていないもの」
「……また夏休みに何かあったんでしょ」
「まあ、あったけど、何かが起こるくらい、誰にでも」
「この前話していた素敵な人?」
「……そうね」
「告白でもしたの?」
「まさか!……すきじゃないもの」
「あ、そ。……じゃあ何。その素敵な人に恋人でもいたわけ?」
友人の言葉は突き刺さった。恋人の有無を、聞きたいことのリストに入れそうになって、やめた。何故やめたのかはわからなかった。ずくずくと胸が痛んだ。もし、いたとしたら、わたしはこの繋がりを断ち切るべきなのかもしれない、と思った。
「し、らない」
「……どうしてそんなに傷付いてるわけ?」
「………だって、それなら文通をやめなければいけないでしょう?」
「別にいいんじゃない?」
「だめ、恋人に失礼だもの」
「………だって名前はその素敵な人をすきじゃないんでしょう?ただの友達なのに、どうして恋人の有無を気にしたり、いるとしても恋人に気を使うような行動をするの?やましいことなんて何もないじゃない」
何か冷たいものが背中をかけていったようだった。友人の言うことはもっともで、わたし自身も何を気にしているのかが分からなかった。
「名前はこれからその人ともっと仲良くなりたいと思ってるの?」
「それは………」
「…………」
「わ、からない、わたしは、ただまだ彼と話していたいだけで………」
「…………」
「でも、もう無理かもしれない」
「どうして?」
「…………彼は、わたしを利用しているだけなんだって」
「は?」
「ただ単にわたしみたいな人と、こうやって親しくなりたかっただけなんだって」
「………どうして?」
「わからない」
「………それ、本人から聞いたの?」
「聞いてないけど」
「じゃあそれを聞かなきゃ」
「聞けるわけないじゃない」
「どうして?だって、」
「だって、まだ繋がっていたいんだもの、彼と」
目を丸くして、友人は溜め息を吐いた。「それって恋とどこが違うの」と呟かれたけれど、わたしは返事をしなかった。
20151122