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姉が入学して、わたしが入学することが出来ないと知ってからしばらく経ったとき、姉からの手紙は悩ましげになってきた。つまり、恋をする女の子の手紙になってきた。正直に言って、まだ恋がどんなものなのかが分からなかったけれど、きっと素敵なものだということは想像がついていた。姉は手紙を通して幸せなことが伝わってきたからだ。


−今日は彼に会うことが出来たわ。−

−今日は彼と一緒の授業だったの。−

−彼は授業を真面目に受けなくても、先生に注意されても、簡単に問題を解くことが出来るのよ。−

−黒い髪が靡く姿はとっても素敵なの。−


おかげでわたしは姉がどんな人に恋をしているのかが手に取るようにわかっていた。違う寮で、ハンサムで、黒髪で、灰色の目で、頭が良くて、女の子に人気で、までは普通だったが、魔法が得意で、箒に乗るのが上手い人だった。


−こんなこと、つらつらと手紙に書いても、あなたには退屈でしょうし、くだらないと思っているのかもしれないけれど、ごめんなさい。−

−あなた以外に言える人がいないの。だってあなたはわたしの大事な大事な妹で、あなたに対して秘密なんかつくれっこないのだから。−


この最後の言葉で、わたしは気分がずっと良くなるんだから安いものだと自分でも思った。まるで普通のわたしにだけ、あの姉が秘密を打ち明けてくれた。授業だって頑張れる気がした。それでも、なかなかいい成績とは言えなかったけれど。



長期休暇毎に、姉はあの赤い汽車に乗って帰ってきた。わたしはそれまで汽車に乗ったことがなく、一回くらいは乗ってみたい、とも思っていた。そして、そこにいた人の多くは、わたしとは違って魔法を使えたのだろうから、わたしの世界ではわたしみたいなマグルとやらが大多数だとしても、あの9と3/4番線という名前のプラットホームでは異なっていた。


「久しぶりね、元気だった?」

「うん、姉さんは?」

「元気よ。ちょっと大きくなった?」

「そうかな。自分じゃわからないけど」

「名前はぼんやりしているからな」

「きっと10センチ伸びたって気付きやしないわよ」

「父さんも母さんも言い過ぎよ」


わたしは既にこういった扱いに慣れていた。けれど、姉はいつもかばってくれた。姉と母と父が楽しそうに話していることに疎外感を感じることにももう慣れていて、ぼんやり汽車を眺めていると何ともハンサムな黒髪の人が降りてきた。くしゃくしゃの髪の人と、何だか疲れてみえた人と、小さくて小太りの人の4人で立っていた。姉が飼っている猫が、その4人に向かって駆けていった。姉は気付かずに話し続けていたから、慌てて私は追いかけた。ハンサムな人は猫を拾い上げてわたしに手渡してくれた。


「ほら。ちゃんと抱いておけ」

「あ、ありがとう。ごめんなさい」

「君、ホグワーツでは見かけたことがないけど」

「わたしは生徒ではないの。姉がそうで」

「スクイブか?」

「ス……?」

「ああ、マグルか」

「……そ、そう。マグルなの」


この人に言われるマグルと、姉に言われるマグルは違った。ずっしりと何かがのしかかった気がして、わたしに全く慣れていない猫を宥めるのも億劫になっていった。目に見えなくともしっかりとひかれた境界線を思い知らされた。


「シリウス!あなた、何をしているの!早く来なさい!」

「……はぁ」

「相変わらずだね、君の母上は」

「うるさい」

「……まったく、ホグワーツも質が落ちたものね。こんな毛色が違うものまで受け入れるようになったなんて」


聞えよがしに呟かれた言葉は、この女性が言及していなくてもわたしに向けられたものだということは、いくら愚かなわたしでも察しがついた。洗練された所作に、わたしとは違って高貴な生まれだとも察しがついた。眼鏡の人は、この女性がこのハンサムな人の母上だと言ったのだから、このハンサムな人も高貴な生まれなのだとも察しがついた。わたしは自分の気分が落ちて行くことに気付いた。この人が気にならないわけがなかった。けれど、わたしなんかにこの人が興味など抱くはずがなかった。すりっとわたしの手に擦り寄った猫にハッとして、慌てて去ろうとすると、わたしの肩はハンサムな人に掴まれた。


「僕の母親が悪いな」

「……い、いいえ」

「……………」

「……あの、何?」

「名前、聞いてもいいか?」

「………え?」

「駄目ならいいけど」

「ち、違うわ!……名前よ、名前・名字」

「ふーん。名前か。僕はシリウスだ」


今度こそ猫をしっかり抱いておけよ、とわたしの頭を撫でて去って行った。猫が耐え切れずにむずかりだし、わたしは今度こそ家族のもとに戻った。そして姉を見ると、姉の目はそれまで見たことがないほど、冷たいものだった。何故なのかはわからなかった。わたしから猫を奪い取り、母と父を急かして駅を後にした。道中、いつもならいろいろな話をしてくれた姉が黙り込んでいたのを不思議に思いつつも、わたしは声に出さずうつむいて、あのハンサムな人の名前を、シリウスという名前を呟いた。何度も、何度も呟いた。姉の猫を介して話したあのときだけは、魔法使いとマグルという境界線も、高貴な生まれで素敵な人と平凡な生まれで出来の悪い人という境界線も消え去ったような気がしたのだ。生まれて初めてだった。何だか見慣れているはずの町が、通学路が、木々が、空が、一段ときらきらと輝いているように見えた。



20141119