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シリウスに尋ねようとして息を吸った。けれど言葉にならずに息だけ漏れた。シリウスは柱にもたれかかってわたしの方をじっと見ていた。


「ゆっくりでいいぞ」


そう優しく促しもした。わたしの手はまだシリウスの手に包まれたままだった。じわじわとわたしの手の体温を奪って、冷たさはなくなっていった。


「わたしって、シリウスにとって、なに?」


喉が渇いていた。声が枯れていた。正確な言葉を発せられたのか、伝えられたのかもわからなかった。シリウスの目を見たら、もう何も言えなくなってしまいそうだった。それでも、見ずにはいられなかった。驚いていたのか、怒っていたのかわからなくて、知りたかったからだ。


「どういう意味だ?」


シリウスの表情は私が想像していたものとは異なっていて、困惑していた。わたしが訊ねた意味が分かっていないようだった。


「あの、眼鏡の人から聞いたの、シリウスは、わたしを………」


口を動かしてもその後は言葉が出てこなかった。ただ単に息を吐き出していただけだった。口はカラカラに乾いていて、唾液を飲み込むのも一苦労だった。触れているシリウスの手の温度とわたしの手の温度は溶け合っていたはずなのに、冷や汗をかき続けたわたしの手はどんどん冷たくなっていった。


「り、利用しているだけだって………」

「……………」

「わた、わたしがマグルだから、そばにいるだけだけだって、そう言ってたの」

「……………」

「ねえ、これって本当?気を悪くしたら本当に申し訳ないんだけれど」

「……………」

「………お願い、何か言って」


ぬるい風が吹き抜けていった。わたしは忙しなく視線を動かした。シリウスの様子を知りたいのに、見るのが恐ろしかった。


「ジェームズが、言ったのか」

「……眼鏡の人だけど」

「ジェームズだ。………もし、それが真実だとしたら?」

「………聞いているのは、わたし」

「……………全面的に、肯定する。それは事実だ」


ざわめきが耳に届かなくなった。こめかみが痛くなった。事実だった、あの眼鏡の人のにやにや笑いがわたしの眼前に現れたようだった。


「………り、理由は?」

「…………最初は、そうだな、もっと簡便に、俺の母親に俺を諦めてほしかったからだ」

「……………どういう意味?」

「俺の母親は見たことがあるだろ?なんていうか、まあ最悪で、マグルとかを見下してるような人間だ」

「……………」

「俺、去年の夏は忙しかったんだ、家出したから。だけど、まあ、それでひと悶着あって。まぁ、こう、何て言ったらいいのか」

「……わかりやすく、母親とは違うって伝えたかったのね」

「まあ、そうだな」


馬鹿みたいだった、自分が、と心からそう思った。あの眼鏡の人が言ったことが真実だとしても良いだとか、そんなことを考えていたのに、やっぱり恐ろしかった。わたしがシリウスにとって、何かしらの意味があってほしいとすら考えていたことをまざまざと思い知らされた気分だった。


「そう」


わたしの口から出てきたのはその一言だった。まるで突き落とされたみたいに何も感じなくなっていた。わたしの目はまだ繋がれたままのシリウスとわたしの手に吸い寄せられた。すべてが嘘だったとしたら、そのとき繋がれていた手も、何の意味があるのだと思った。もうシリウスは家出をしていたのだから、わたしとの会話どころか、文通すら何の生産性もなく、単なる時間の無駄だったのだ。もうわたしなんかでシリウスの時間を無駄にしたくはなかった。わたしは周りを見渡した。シリウスとわたしを柱から見つめていた女の子がたくさんいた。おそらく、長期休みの前にシリウスと話したかったのだろう。何度か振りほどこうとした手を、どうしてもシリウスははなしてくれなかった。


「もうわかったから、ごめんなさい」

「何で名前が謝るんだよ」

「はなして、お願い」


泣きそうだった。今にも涙が溢れそうだった。もうこれ以上惨めな思いはしたくなかった。わたしはなんてうぬぼれていたのだと、たかだか文通をして、シリウスと出会ってから2年間、1回しか個人的に会えていなかったのに、わたしはなんておろかだったのだと、自分が恥ずかしかった。消えてしまいたかった。


「聞いてくれ、最後まで」

「もういい」

「何でだよ、俺は良くない」

「わたしを利用していたんでしょう、それで終わりじゃない」

「聞けって、もう利用なんかしていないんだよ」

「家を出たからでしょう」

「違う。最初はそうだった、利用していた。でも、途中から、どうして俺がマグルを、つまり名前を利用しなくちゃいけないと思ったのか、この行為に意味があるのかわからなくなったんだよ」

「…………」

「都合がいいと思われるかもしれない、でも、いつの間にか名前との手紙が楽しみになってた」

「……本当に都合がいいのね」

「ああ、本当にな。ベラベラと自分のことを話すのは恥ずかしいが、きっかけはあのクリスマスだ。クリスマスに2人で初めて出かけたとき、俺は君を利用するなんて本当に馬鹿だって気付いたんだ。そのあとにふくろうを送るまで時間がかかったのは、まあ、名前の反応があんまり芳しくなかったからだ」

「……ご、ごめんなさい、あの時は」

「いいさ、まあ返事が来なくて焦りはしたけど。待ってても君の所にはふくろうはいないし、自分で出すしかない」

「………どうして、出してくれたの?」

「だから、分かれって。君との繋がりを絶ちたくなかったって」

「……………だから、どうしてわたしなんか」

「君は何でそう自分を卑下するんだよ。失礼だと思わないのか、俺に対して」

「え……?」

「君に関心を持っている俺に対して失礼だろ。つまらない人間に興味を持つほど俺がつまらないって言いたいのか」

「ま、まさか」

「だったら胸を張れよ、何でそんなに自分が低い人間だと思うんだ」

「だ、だって、わたし、ずっと姉と比べられて………ただのマグルだし、成績だってよくない、美人ですらない」

「まあ絶世の美人ではないな。でも、成績のことだって俺とは学校が違うからわからないし、何より君と話すのは楽しい。単にマグルだからってわけじゃないぞ」


シリウスはわたしの手をはなし、わたしの頬を包み込んだ。そのぬくもりに涙がこぼれた。信じられなかった。こんなに近くにシリウスの顔があることも、こんな言葉をシリウスがわたしにかけているという事実も、微塵も想像なんかしていなかった。


「君の姉が誰だか知らないけど、俺が関心を持っているのは君だっていうのは事実だ」

「………その関心って、何?」

「……………まぁ、それはおいおい」

「どうして逃げるの?どういう意味なの?」

「君って案外おしゃべりだよな」

「………嫌い?」

「いや、だから……ああ、もう、だからおいおいだって」

「……………おいおいってことは、これからもわたしと文通をしてくれるの?」

「何で文通なんだよ、もう俺は縛られていないんだぞ」

「…………じゃあ」

「ああ、そうだ、そばにいられるんだよ、名前のそばに」


シリウスはそう言ってわたしの顔のものすごく近くで笑った。わたしはシリウスの言葉とその笑顔が、まるで魔法のように感じた。そして目を閉じても解けない魔法であることを祈った。さすがにその場で目を閉じはしなかったけれど、何だかおかしくて笑えてきてしまったのは事実だった。どうやらシリウスは自分のことをあまり話したくないらしかった。文通では知り得なかった事実を、これからも知っていけるのだとすれば、これほどまでに幸せなことはないと思えた。



20160704