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イースター休暇も学期末テストも過ぎて、夏休みが来た。姉はまたわたしに手紙を書くようになっていたけれど、その内容は恋人のことというよりその日のシリウスはどのような様子だったか、ということだった。それが嬉しくもあり、辛くもあった。わたしには知り得なかったシリウスを姉は知ることができていたことに、二次的な情報しか得られなかった状態に、ひどく悲しくなったからだ。親から掛けられた声に生返事をして、少しだけした化粧と髪を確認した。階段を駆け下りて、車に乗り込んで、誰にも聞こえないようにため息を吐いた。口元を隠して、シリウスの名前を呼んだ。あのたくさんの生徒とその家族がごった返した不思議なプラットフォームで、シリウスに今年も会うことが出来るのだろうか、と少し伸びすぎた爪をいじった。ぐんぐん通り過ぎていく景色に、胸が痛くなった。時間だけが過ぎていった。もうシリウスと出会って2年が過ぎていた。その間個人的に会ったのは1回だけだったけれど、手紙では交流していたから満足だ、とは到底思うことが出来なかった。キングス・クロス駅について車から降りると、じわりと汗がにじんだ。化粧が崩れなければいいと思った。シリウスの前ではより良い姿のわたしでいたいと、ますます強く考えるようになっていた。


「行くわよ、ぼうっとしないで」


かけられた声はそれまでと変わらない、鈍臭い自分を表していた。何ひとつ成長出来ているとは思えなかった。それでも、赤い汽車が待つあのプラットフォームに行けば、シリウスに会うことが出来ると考えるだけで、気分は前向きになった。姉はおそらく姉の恋人と話していた。わたしの姿を見つけると、恋人の頬に軽くキスをして、わたしのところに駆け寄った。


「遅かったわね、それに顔が暗いわ」

「名前にはいつものことでしょう」

「もう、そういうつもりで言ったわけじゃないのに。ほら、早く行かなきゃ」

「待って、どこに行くの?」

「もちろん、あの人のところに決まってるわ」


姉はぐいぐいとわたしの手を引っ張った。姉の恋人はわたしに対して軽く手を挙げたけれど、話しかけてくることはなかった。姉は振り返り、少し微笑んだ。


「ねえ、あなたのあの人に対する気持ちは恋じゃないって言ったわよね?」

「……そうだけど」

「ねえ、本当にそうなのか確かめてみたら?」

「どういうこと?」

「すぐわかるわ、彼の前に立ったら。あなたがなにをしたいのかも、彼とどうなりたいのかも」


そう言って姉はわたしの背中を押した。10数メートル先にはわたしにはまだ気付いていない様子のシリウスが立っていた。シリウスとどうなりたいのか、わたしにはわからなかった。文通を出来るだけで、シリウスの心の片隅にわたしがいるだけで十分だと思っていたかった。それ以上を望むことなんてわたしには分不相応だと思っていたからだ。そうやってわたしは常に自分の身を守っていたのだ。姉よりも不出来なのは事実だけど、それを言い訳にして仕方ないと諦めていたのだ。最初から自分には無理だと、自分には相応しくないと理由付けをするだけで、物事を簡単に諦めることが出来ると思っていたのだ。だけど、シリウスだけは、足掻いてしまった。諦めることが出来なかった。


「シリウス」

「お、名前か」

「久しぶり」

「ああ、1年振りか?」


少し髪が伸びた気がした。少し身長が高くなった気がした。シリウスの言葉に生返事をしながら、じっとシリウスを見つめた。わたしが何をしたいのか、シリウスとどうなりたいのか、姉はすぐにわかると言ったけれど、そう大して変化していなかった。わたしはシリウスについてもっと知りたくて、わたしがシリウスにとってもっと大きな存在になりたかった。


「どうした?」


そう言って首を傾げたシリウスから目を逸らすことが出来なかった。口を開いて、再び閉じた。思っていることを口に出すのはあまり得意ではなかった。シリウスの前だとなおさらそうだった。


「あのね、シリウス」

「あれ、久し振りだね」


シリウスの名前を呼んだ時、あの眼鏡の人が見えた。すっと血の気が引いていく感覚に思わず下を向いた。にやりと猫みたいに笑った顔が見え、わたしがまず初めにシリウスに尋ねて明らかにするべきことがわかった。


「……シリウス、聞きたいことがあるの」

「何だよ」

「………あの、その、今、2人で話すことって出来る?」

「…………いいけど」


腑に落ちてはいなさそうな顔をしても、わたしの頼みを聞いてくれた。眼鏡の人だけではなく、注目が集まっていたことに気まずさを感じていたわたしには有難かった。いくらシリウスしか目に入らなかったとしても、ざわめきはいつの間にか耳に届いていたからだ。面白くなさそうな、けれど興味津々というような面々の中、眼鏡の人の顔を見ると、ついにだね、と声に出さずにわたしに話しかけてきた。知ってしまったら、わたしはどうなるのだろう、ということすら考えていなかった。真実なんか知らない方が良いことだってある、ということすら忘れていた。こっちだ、とシリウスは喧騒から逃れるようにわたしの手を引いた。シリウスの手に触れたのは初めてだった。大きく、ごつごつしていて、ひやりと冷たい手だった。シリウスと手を繋いでいるという事実が本当に真実なのかがわからなくなって、でもわたしの手は確実に自分の掌とは違う体温で覆われていた。


「話ってなんだよ?」


プラットホームの奥、人があまり近寄らなさそうなところで、シリウスはわたしに話を促した。



20150407