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徐々に伸び続ける爪を切った時に違和感を感じるように、彼と一緒にいることが当たり前になっていた。カーテンを開けるのはいつも彼だったから私は締め切ったままにしてしまうし、いつも飲みっぱなしにしていた彼の飲みかけのグラスを嫌味を言いながら片付けていたのに今は放置されたグラスなどないから嫌味ひとつきり出てこない。

彼の好きな色を知った時から、私の爪はシルバーに染め切ったままだった。もう根元が伸び始めてしまったけど、落とす気になれない。綺麗にしていないと見窄らしさが極端になる。だからといって、新たに塗り直すこともできない。もう塗る必要がないから。この色を塗る必要もないのに、踏み切れない。

彼の爪は、わたしの爪とは違って短くて硬かった。その爪を触るのが好きで、最初は嫌がっていた彼もいつしか何も言わなくなった。喉が渇いたとグラスを使えば彼が気に入っていたグラスが目にとまるし、彼しか使わなかったシャンプーがお風呂に入れば必ずわたしのシャンプーの隣に鎮座している。絶対に手を伸ばしてはいけない。息ができないくらいに、きっと苦しくなる。指に傷はないのに、内臓を強く掴まれたみたいになる。彼のかげが其処彼処にあるのは息苦しくて仕方がない。

彼もわたしの爪をよく触った。彼の無骨な指で触られるのは決して嫌いではなくて、隣に座れば当たり前のように大きな手でわたしの手を包んで、爪に触れた。そろそろ2人には狭すぎて新しく買おうと思っていたソファはわたしには広すぎるからもう買いたくはないし、必要もない。

手入れを念入りにしなければすぐに荒れてしまうわたしの爪は、彼がひどく気にしていた点だった。素直にはそんな素振りはみせないのに、気付けばケア用品が増えていた。彼の好きなようにどんどん染まっていくように感じていたわたしの爪と同じに、当たり前のように香っていた彼の匂いは、もう部屋からはふわりとも感じられない。

彼のそばで、何回爪を切ったのかはわからない。彼のそばで、何回爪をシルバーに染めたのかはわからない。それだけの日々を過ごしたはずなのに、彼のそばにいるのが当たり前になっていたはずなのに、数に表してみればそう大した期間ではなくて、仮にわたしがあと数十年生きるとしたらほんの一瞬の月日だ。いつか彼の好きな色だって忘れてしまうのかもしれないし、彼とは違うにおいを身にまとう誰かと日々を過ごしてそれが当たり前になるのかもしれない。だけど、彼はこれっぽっちもわたしの前から消えてくれない。わたしはいつまでもこの部屋で、彼の影と暮らしていく未来しか見えない。



20170728