×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

ほら、おいで。

彼女にこの言葉を向けるのが常だ。彼女は何だか、行動が遅い。小さい頃から一緒にいるから、まるでこの言葉が口癖みたいになって、いつでも彼女のことを待っている。でも、世界はどんどん分岐しているのだ。彼女と俺の世界はいつまでも一緒じゃない。そんなのは当たり前のことだ、でも違和感があるんだ。


ほら、おいで。

そう言わないと彼女は俺のところへやってこない。ふらふらと彼女はどこかに行ってしまいそうで、俺には興味がないように思えるんだ。彼女のことを待ってるのは俺なのに、彼女を見てるのは俺なのに、彼女は俺に何も与えてくれないんだ。でも俺からは彼女には触れられなくて、彼女も俺には触れてくれない。


ほら、おいで。

でも彼女がいつまでもこうして俺のところへやってきてくれるのかどうか確証はない。海を見る彼女は、俺の知っている彼女なのに、知らない女性に見える。手を伸ばせば触れられるのに、きっと俺の知っている手じゃなくなっていて、それを誰か俺以外の男が知ることになるのかもと想像しただけで苦しくなるのに、触る勇気なんて微塵もないんだ。


ほら、おいで。

そう言おうとして俺は息が苦しくなって言えなくなった。いつまでもやってきてくれる確証がないなら、俺にとって彼女は永遠じゃないし、彼女にとって俺は永遠じゃない。小さい頃と比べて俺が彼女に向ける感情は変化していて、どんどん強くなっていて、世界が分岐したってこの気持ちが強くなる確証があるんだ。


ほら、おいで。

無理やり絞り出した声は自分の声じゃないみたいで笑えた。束縛されたいくせに束縛してこない彼女のことで頭がいっぱいで、彼女の名前だって嘘みたいな回数しか呼べなくて、彼女がそばにいない夜にしか呟けなくて、虚しさだけが胸を満たして。彼女のことになると俺は何にもスマートにこなせない。


ほら、おいで。

俺の声にようやく振り向いた彼女が、嘘に塗り固められた俺に気付いてるのかどうかはわからない。彼女のことはどんどんわからなくなって、知りたいと思ってるのに、一歩踏み出せないんだ。踏み出せば何か変わってしまって、俺が望む方向なのかどうかがわからないからできなくて。


うん、お待たせ。

彼女が俺に向けた声は真実じゃない。待っているのは、本当は俺じゃなくて彼女なんだ。どんどん先に進んでいく彼女を必死になって追いかけているのは俺で、振り向いてもらおうと声をかけて続けているのは俺で、先回りしようとしたって無駄だってわかっているのにあがき続けているのは俺で。彼女はそれに気付きもしない。俺は気付かせられない。



20170306 企画サイト提出分