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僕の家から10分程度の距離にある彼女の家には会話をしないでもすぐに着く。僕はどう世間話を振っていいのかわからなくて、黙ったままだった。彼女もそうだった。更には、落ち着かない様子だった。そんなに僕が嫌なのか。早く送り届けて帰りたい気持ちと、少し彼女と一緒にいたいと思う気持ちが併存している。


「ここで、いいよ」

「……何」

「何、って、早く帰りたいかな、って」


街灯に照らされた彼女の顔はまだ狼狽えていた。僕から目を逸らしもした。まだ彼女の家は見えていないのに、僕とは本当に帰りたくないらしい。


「……兄ちゃんじゃなくてごめんね」


口に出すつもりのない言葉だった。ぱっと僕の方を向いた彼女の目は驚愕と衝撃に満ちていた。図星をついてしまったようだ。彼女の本心を思い知らされた僕は、何だか笑いたくなってしまった。


「やっぱりね、そうだったんだ。昔から君って兄ちゃんのこと追いかけてたよね。中学でも高校でも、色々部活について行ったりさ。今でも連絡とってたりするんじゃないの?久しぶりとか言ってたけど」

「……それは、関係ない。明くんにはいろいろ教えてもらってただけだし、会ったのだって明くんが仙台に行ったきり」

「それ、兄ちゃんがすきだったから?」

「それは蛍だけには言われたくない」


肯定されたら辛いくせに、嫌なくせに、言いたくないことをヘラヘラ笑いながらひたすら勝手に口がつむぎだす。自分の心を無茶苦茶に刺していくようだった。彼女を見ると傷付いた表情をしていた。


「図星?」

「だから、違う」

「じゃあ兄ちゃんにバレたら困るってこと?安心してよ、話さないし」

「違うってば。………わかってない、本当に」

「説明してくれなきゃわかるわけないだろ」

「説明したくない」

「………そう」


ここまで踏み込ませないとは思わなかった。僕はあくまでも幼馴染であると思っていた。たとえ5歳上でも対等でいたいし、何か考えているなら知りたいと思っていた。それを僕だけには言われたくないって何だ。僕は彼女にとってどんな存在なんだ。ただでさえ彼女の生活の中には僕は存在しようもないのに、兄に関わることすら教えてもらえない。ぐちゃぐちゃと色々なことは考えるけど、結局僕は子供で、彼女を独占したいとしか考えてない。


「名前」


自然と彼女の名前を呼んでいた。名前を呼んだのもその反応を目の当たりにするのも久しぶりだ。彼女はすっと僕の方を見て目を丸くする。まるでさっきの僕みたいに。


「な、に」

「……別に」

「じゃあどうして呼ぶの」

「……いいから行くよ」

「ねえ、ちょっと、良くない」

「近所迷惑」

「どうせこの辺私の家しかないよ」

「うるさい」


手を掴んで引っ張ってみた。細い靴のせいか、簡単に僕の方に来た彼女の軽さと、手の小ささと柔らかさに驚いた。思わず黙り込んだ僕に、意味がわからないという表情をした彼女の顔は、随分と下にあった。こんなに軽かったか、こんなに小さかったか、こんなに女だったか。僕にとって生まれた時から存在している彼女は、唯一関心のある女だったのに。


「どう、したの」


何でもない、ただその手を離したくないだけだった。出来る限りゆっくりと優しく引っ張った。僕の手の温度と彼女の手の温度がだんだん混じり合ってひとつになって、ぬるくなる。彼女の家まであと数分の距離を、出来るだけ長くしたかった。あと数分の時間を、出来るだけ一緒に過ごしたかった。僕のいない彼女の日常に、僕を少しだけでも残したかった。たとえ、彼女が僕を踏み込ませようとしなくても。


「ありがとう。…………蛍?」


そうは願っても、見慣れているけどあまり来ない彼女の家にはさっさと着いてしまった。僕をじっと見つめる彼女の目にははっきりと困惑がのこっていて、まだ何が起こってるのかわかってないみたいだ。そうはいっても僕の名前を呼ぶ声はいやに心地よくて、これからも呼んでほしいとすら思う。上手く言葉にできるはずもないけど。


「大丈夫?疲れた?」

「……別に」

「……蛍は変わらないね、昔から練習の後に会っても疲れたなんて言ったことないし」

「………そうだったっけ」

「うん。安心した。小さい頃もこうやって一緒に帰ったな、とか。………私、蛍に嫌われてると思ってたし」

「…………ハァ?」

「え、違うの」

「……別に、嫌いじゃない」

「………本当?」

「何で信じないワケ?」

「だ、って」


それっきり彼女は黙り込んだ。じわじわと冷えていく自分の手の体温に焦る。街灯に照らされた彼女の顔が赤くなっていく。まるで知らない女みたいな表情をした彼女にどうすればいいのかわからない。つられて僕の顔が赤くなりそうで、それでも彼女の顔から目を逸らしたくもないし、手を放したくもない。


「ご、ごめん。ちょっと、混乱してて、私と蛍、全然話してなかったし」

「…………」

「それでも、蛍とずっと話したい、とか思ってて、普段も蛍のこと思い出してて、だから、今日こうやって蛍と一緒に帰ることが出来たこと本当に嬉しい、と思ってる」

「………は、」

「蛍は今何してるんだろうとか、蛍が今好きなものは何だろうとか、今の蛍と私が知ってる蛍はどんどん違っていくんだろうけど、連絡取りたいとか会いたいとか思っても踏ん切りつかないのに知りたくてたまらなくて、ってごめん、何言ってるんだろう私、こんなこと急に言われても困るよね」


一気に彼女が話した内容を瞬時に理解するのは難しかった。内容が脳に送られてこない。何故いきなりこんなことを言うのかも分からないけど、嬉しさだけはどんどんと頭の中に進出してくる。


「……何か、言って。ものすごく恥ずかしいから、嫌なら嫌って言ってほしい」

「………僕、嫌なら嫌って言うけど」

「………………え」

「別に嫌じゃないってこと、分かれば」

「………はは、」

「何笑ってんの」

「怒らないで」

「……怒ってない」

「よかった」


変わらない笑顔を僕にくれた彼女から思わず目をそらす。そんなこと、してくれると思わなかった。結局彼女みたいに素直になれやしない僕は、必死に彼女の手を握ることしか出来ない。


「ねえ、連絡先教えて。私、今度はちゃんと蛍と話したいから」


期待していいのかしちゃいけないのか、そもそも何を期待しているのかもわからないけど、とりあえず僕はわざとらしいくらいの面倒くさそうな表情を貼り付けたまま、携帯を取り出した。




20150827