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彼女がテレビの画面を見ながら掻きあげる髪に隠れていた耳には光る石がくっついていた。見慣れないそれは自分で買ったものなのか、誰かからもらったものなのかはわからない。家に来てから2時間は怒涛に喋っていた彼女はすでに自分と話すことはない、というように画面をじっと見つめ、自分を見ることはない。こうやって自分の家に来ることは、自分や彼女がもっと小さい頃からあったことで、彼女がこの家にいることに対しての違和感はないのに、彼女の耳に光る石と、画面に映るアメリカ国内の経済格差のドキュメンタリーは、自分や周りでは大して目にすることも耳にすることもない、どこか遠く離れているものだ。


「なに?」


画面から目を外し、自分を見る彼女に少しの苛立ちが生じる。自分が彼女とは遠く離れていると感じたことに、彼女は気付いていない。こうやって自分を見てくれたとして、戻ってくるのは“いまここ”の意識だけで、遠く離れていることに変わりはなく、距離は縮まらない。このように感じている時点で、自分から彼女に近付こうとしていない。とどまって駄々をこねているだけだ。


「別に」

「別にって顔じゃないじゃん。何なの」

「僕が言わないってことは、話す必要がないってこと」

「……あっそ」


また彼女の目線が画面に戻った。今度は日本国内の経済格差の話になっていた。少し離れたところにある鞄に手を伸ばし、ノートに日付と番組名を書きつけて、さっきまで流れていたアメリカと日本についてのメモを書き始めた。

別に、彼女に言うつもりはない、言いたくもない。ゆるやかに巻かれた髪も、耳にくっついた石も、不自然すぎるわけではないけれどはっきりした目元も、人工的に色づいた爪も、自分が今着ているような制服を着ていたとは感じさせない服装も、見ている番組も、ノートに書かれた自分には良くわからない文章も、自分とは一線を画すようで、全部、嫌いだ。“いまここ”の彼女を構成するものだとしても、嫌いだ。“いまここ”に、彼女と一緒にいるのは自分なのに。


「見られると、気になる」


眉間にしわを寄せた彼女は自分を見る。目に映っても、足りないのは変わらない。彼女の手からは落ちてしまったペンに、まるで自分みたいだと思ってしまった。彼女が触れて動かさなければ存在する意味がないペン、用事がなければ声もかからない自分。今日だって、彼女の暇つぶしに付き合っているだけで、それは自分じゃなくても良い、きっと。

なら期待するのをやめてしまえばいい。慣れているはずだ。目を閉じてしまえばいい。そこかしこに感じる彼女と自分が離れていく距離の証拠に気付いたところで自分はどうしようもないのだから。

それでも、自分が愚かだと思うのは、


「……蛍?」


自分に向けられた声を無視できなくて、期待を止められないからだ。自分の指に絡まる彼女の髪は、これまでの感触と変化しているのかどうかはわからない。そんなに頻繁に触れたことがあるわけではないし、感触だって覚えていない。自分と比較して小さすぎるとすら感じる彼女のからだのひとつひとつを知ることは出来やしない。これからも知ることが出来るなんて思っちゃいない。


「なに?」

「なにも」


何もない。自分の行為には何の意味もない。彼女にとって何の変化も起こせやしないからだ。何もない、と笑うのは得意だ。彼女の前でだって、訝しげな眼をそらすことが出来る自信がある。ごまかすことばかりうまくなる。彼女の髪をからませた指をほどいた。指先に残った感覚を、忘れないように握りしめた。ああ、みっともない。本当に。



20170125 企画サイト提出分