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- ナノ -

「ねえ、4組の月島くんと同じ中学だったって本当?」

本当だけど。

「かっこいいよね、彼女とかいるのかな?」

知らないけど。

「話したこととかあるの?」

あんまりないけど。

「そっか……なんかごめんね」

謝られても困るんだけど。


これと同じようなことは入学以降何度も繰り返されて、いつの間にか夏服になっていた。色々な行事を経るにつれて、月島の知名度は上がっていく。知らない女の子との変わり映えのない会話も増えていく。別に同じ中学だからって、中学でも高校でも接点なんてないのだから、知っていることといえば、4組の山口と仲が良くて、バレー部で、背が高くて、頭が良くて、女の子に人気。それだけだ。廊下ですれ違っても、向こうが私に気付いてないのか、そもそも私のことを知らないのではと思うくらいスルーされる。後者の方が可能性が高いと思う。つまり、聞いてくる女の子の知識量と大して変わらないのに、同じ中学だからって聞かれても、それで勝手にがっかりされても困るだけ。何度女の子に対して溜め息をつきそうになったかわからない。中には先輩もいるし、同級生だって来年以降同じクラスになったときに困るからそこそこ愛想良い対応を心がけているけど、もううんざりする。

うんざりついでに適当になりそうな日誌は、後日日直をやり直しさせられたら困るから割と真面目に書いた。今日の提出物である数Aのプリントと、漢文のプリントは、それぞれ出席番号順に並び替えて名簿に印をつけなくてはいけなくて割と面倒だった。つまり、日は高い季節になったけど、もう夕暮れだった。私の効率が悪かったのか、それとも提出物が多いのが悪かったのか、はたまた月島のことを聞いてきた女の子が悪かったのか、そもそも月島が悪かったのかはわからないけど、それぞれに問題はあるはず。でも、どうしようもないことばかりだ。

溜め息をついて立ち上がる。鞄を持ちながら日誌とプリント2種類を持つのは面倒だし、手汗で歪んでいきそうで嫌だ。あんまり人もいないなか、だらだらぺたぺたと音をたてて歩く。無理矢理笑顔を作る必要もないし楽だ。職員室の前について、鞄をおろし、ドアにノックをして学年とクラスと名前を言って入る。ありがたいことに数Aの先生も、漢文の先生もいなくて、名簿を一番上にして、学年とクラスを書いた付箋を貼っておく。続いて担任のところに行って日誌を渡す。少しの世間話に付き合いながら担任が日誌に目を通すのを待つ。許可が下りて、挨拶をして職員室を出る。冷気から追い出されて、一気に熱気にさらされた。

さっさと帰りたい。昇降口に下りると、心臓が大きくひとつはねた。何度も本人のいないところで話題に上がった月島がいた。一瞬目があったけど、真顔で逸らされる。何なんだろう、その態度。月島のせいでこんなに遅くなったんだから、とか勝手に責任を心の中で押し付ける。月島を見ながら思わず叩き付けるように地面に落としたローファーが嫌な音をたてた。


「……何怒ってんの」


私に向けられた声だと気付くのに数秒かかった。いつの間にか眼鏡のガラスの向こうで静かな茶色の目が私をしっかり見ていた。


「わ……私?」

「……他に誰がいるの。馬鹿なの」

「…………だってわざわざ声かけてくると思わないし」

「間近でローファー叩き付けられたら誰だって気になるデショ」

「……すみませーん」

「ハァ?何その態度。僕何かしたっけ」

「何にもー。何の接点もないのにわざわざ話しかけていただいてドーモ」

「へぇ、名字さんがそんなにいい性格してるなんて思わなかったよ」

「…………何で私の名字知ってるの」

「僕って同じ中学の人のこと覚えられないくらい馬鹿だと思われてたワケ?心外だなぁ、君よりずいぶん成績いいって思ってたはずなんだけど」


嫌味な笑い方をされてカーッと熱くなる。そこまでは言ってない。むしろ馬鹿だなんて微塵も思ったことがない。ローファーの踵を踏みながらこの場を立ち去りたいとすら思う。ただまだ買って3ヶ月くらいしか経っていないローファーを月島のせいで傷付けたくなかった。ぐっとこらえてものすごくゆっくりローファーに足を入れる。


「スミマセンデシタ」

「だから、何なの」

「だから、何にも」


歩き出そうとして足を出したらぐき、と右足が曲がった。視界が傾いで転びそうになったところを、腕に力強い熱い感覚が走った。


「君って鈍臭いんだ。知らなかった」


想像以上に月島と距離が近くて、月島の手と私の腕が接触していて、影が繋がっていて、心臓がドッドッドッと連続で嫌な拍動をした。


「……は」

「これって中学の時から?」

「ち、違う。もう大丈夫だから、離して。………あ、り、がとう」

「………へぇ、案外素直なんだね」

「な………!」

「だって苛ついてる理由言わないし」

「月島、くんに関係ない」

「まぁ、そうだけど」

「……………」

「挫いたの」

「違う」

「そう」

「………山口は?」

「用事」

「……月島、くんはひとり?」

「だから?」

「別に」


ぽそぽそと月島と話して、なぜかそのまま一緒に歩き出したのは、流れというものなのかもしれない。ただ、どこまでこうやって話題が続くのかも、どこまでこうやって一緒に歩くのかもわからない。私は月島蛍という人間をあまり知らないからだ。ただ、今日、この瞬間、私の中の月島蛍についての情報は、「4組の山口と仲が良くて、バレー部で、背が高くて、頭が良くて、女の子に人気」だという既存のものに、「月島の手は案外大きくて、熱くて、強くて、それでいて優しいということ」、そして「私は月島の声が結構好きだということ」が加わった。




20150724