考えてみれば目の前の女を初めて見たときから15年は経っているのだから、いつまでも子供のままではない。頭ではわかっていても、納得はできないままだった。今、目の前の女が裸でいるのを見せつけられて、ガツンと頭が殴られて、無理矢理自分に突き付けられた現実をどうやって受け入れるかを必死に考えている。
「何、してるんだよい」
自分でも呆れるくらい、平坦な声が出た。ハッと慌てて真っ白いタオルを身体に巻きつけるしぐさにめまいがした。黒とも茶色とも取れる瞳には怯えが浮かんでていた。その原因は自分だと認めたくなくて、慌てて目を逸らすとタオルでは隠しきれない弱弱しい白い足が目に入った。タオルの白さと、さっきまで目に入っていた女の肌の白さは大して変わらなかった。何だってこんな夜更けに、女専用の風呂ではなくシャワー室にいるんだ。シャワー室は別に男専用ではないが、慣習的に女はみんな風呂に行っているのに。
「……怒ってる?」
「呆れてる」
「…………誰も来ないかと思って」
「わかんねェだろい」
「大体、今更だし」
「あぁ?」
「わたしのことなんかみんな小さいころから知ってる。女としてなんか見てないでしょ」
溜め息が出た。みんながみんなじゃねェだろ。それに、この前新入りに言い寄られてたじゃねェか。言外に睨みつければ頬を膨らます。濡れた髪や肌が、いやに目につく。
「大体、関係ないでしょう」
「あ?」
「わたしがどうなったって、何されたって」
「監督不行き届きになるだろうが、馬鹿」
「………はいはい、わかりました、これから気をつけます」
「おい、何だよい、その態度」
「着替えるから出てって」
「今更なんだろうが」
「今後気をつけるつもりです、あなたの指示に従います、隊長」
カッとなって剥き出しの腕を掴む。冷え切っていた。瞳は何も写していない。強いて言えば諦念だ。細いのに、柔らかい。認めたくなかった、女みたいなその感触。
「離して」
「冷えてる」
「分かってる、だから服を着させて」
「その前に説明しろ。何をそんな苛立ってんだよい」
「苛立ってない」
「お前その言葉鏡の前で言えるんだろうな」
「言えるよ」
「おい、いい加減にしろ」
緩まっていく白いタオルにくらくらする。自分では気を使っていない、シャンプーだとかの嫌にいいにおいを纏わせている目の前の女は、あの時と同じ瞳をしている。
「わたしのこと、子供にしか見えてないなら、こういうことを心配しないで」
ああ、見えていないはずだ。いや、過去形にしたほうがいいのかもしれない、でも認めたくない。それまではただちょこまかと動き回るガキだったのに、最近になって急に借りてきたネコみたいに落ち着きだして、俺たちとも距離を置きだして、ナース達とばかり話しだして、新入りに「あの子誰なんですか?」だとかくだらねえことを言わせだして。いきなり話しかけられたと思ったら「わたし、マルコのことがすきなの」だと。
「監督だとか、義務感で私がどうなるかって心配してるなら、いらない」
拒否だ。諦念しかなかった瞳に、明確な拒否が宿った。そして疑問が生まれた。おれは、義務感でこうしてるのか?掴んだ腕は折れてしまいそうなくらいにやわらかくて、さっき目に焼き付いた身体はどこかの石みたいに白くて、それを、おれ以外が見ていたとしたら。ざわっと腹の底から怒りが湧き上がる。こいつに対してではなくて、まだ見もしないこいつの肌を見る奴に対して。
「もう、期待させるようなことをしないで、突き放してよ」
拒否の中に期待が宿る。いつまで経っても離せないこの腕、もし可能ならタオルを剥ぎたいとすら思う。この感情は何だ。単に身体を見てしまったからではなくて。おれ以外に懐くこいつを、おれ以外に気付かれるお前を、誰にもやりたくないという独占欲だ。
「そっちが拒否、したくせに」
ああ、そうだ。おれが拒否をした。もう乾いていた頬に、涙が流れる。泣かせているのはおれだ、こいつの感情を左右しているのはおれだ。触れてしまえば最後、こいつを女として認識したことになる。年甲斐もない、ただのガキみたいな独占欲をぶつけることになる。それでも、とりあえず当分この涙を拭く権利を、タオルを剥ぐ権利を、誰にも譲りたくねェってことは紛れも無い事実だ。
20150827