恋の延長戦


君を想ふ。

今何をしているのか、何を考えているのかわからずとも。
この空を見ているんだろう?
名前も。

あのとき『行ってこい』と言ったのは二度目だった。
大切な友(ライバル)ばかりか、恋人も見送ることになるとは思ってもみなかったが。
1人は大学自体がイギリスでいつ帰ってくるのかもわからない。気まぐれな奴だから尚更な。
元々大学が遠距離になった名前は、大学2年に上がると同時に長期留学を選択した。こちらは1年。期限が決まっているだけまだ待っていられると思ったのだ。好きな女子の門出を快く送り出してやるのが男だろうと。
だが少々、

「会いたくなるものだよ…」

見上げた空はあまりにも真っ青で、オレの思いなどかき消してしまいそうだ。



とはいえ現代の文明の発展には感謝せねばならん。大学の課題や調べ物のためにと購入してもらったパソコンと契約したインターネット。それがあれば何千キロ離れていても名前の顔を見られるし声も聞ける。会話が出来る。
ただ触れることは出来ない。すぐそこにいるというのに。手を伸ばしても、触れているのは名前の体温でなくパソコンの熱なのだ。

『――――でさ、…………尽八くん?どうかした?』

「っ、……いや」

名前とはタイミングが合えば少しの時間話をする。ただ時差もあってそう頻繁ではない。こっちが夜で時間が出来ても向こうは朝や昼間なのだ。そう簡単ではあるまい。

他愛のない話でもオレにとってはオレの知らない名前で貴重だ。
大学のこと、自転車のこと、互いの友人のこと。誰も知らない土地で変わらぬ名前を見られているのはその友人たちのおかげなのだろう。それは喜ばしいことなのだが、オレがいなくともやっていけると言われてるようで、顔も知らない友人たちへの嫉妬で狂いそうなのだよ。

「あっごめん、明日も学校だからもう寝るね?」

「ああ、すまんな。そっちは夜中なのに無理を言った」

「ううん、大丈夫!尽八くんと話したから明日も頑張れるよー。またね!」

「っ、」

そんな可愛いことを言ってくれるな。オレは名前をこの手で抱き締められんのだから。

プツッと通信が切れたと思っていた。1番最初に会話したとき、「尽八くん切って!」「名前が切ってくれ!」と延々やっていたせいで、順番に切ることにしていた。今日は名前が切る番。
だから気にしていなかった。
台所へ行き、1杯の水を飲む。
戻るとまだパソコンの画面が映し出されたままになっていた。そこには名前が突っ伏した姿。

「名前、そこで寝ると風邪を引くのではないか?布団に入れ」

「……………えっ!?」

オレはてっきりそのまま眠ってしまったのだと思った。
オレの声に勢いよく身体を起こした名前は、心底驚いた表情をしていた。すぐさまその見開いた瞳から、ツーと頬から顎へ伝う何か。画面越しでもはっきりと確認できた。

「ーーーーっ!」

「あ……これは、っ、なんでもない!なんでもないの…」

そう言いながら、ひと粒零れてしまったそれはもう名前自身止めることが出来ないようで。
歪められた目から勝手に止めどなく溢れてしまうそれを、手の甲で何度も何度も拭う。擦った頬が少し赤くなってしまっていた。

『名前、泣くな』
そう言ったところで涙が止まるわけではなかろう。それが出来るのであればとっくにやっているはずなのだ。
「ごめん」「違うの」とオレを困らせまいと必死だ。仕舞いにはパソコンに手が伸びてきて、閉じられそうになっている。拭った涙が手を濡らした跡が見えて、出来ることならその手を引いて涙オレに全て引き受けさせてくれとさえ思う。
思うだけで実際出来はせんのが歯痒い。

「名前」

「っ、ひっ…じ、んぱちく、ごめん…ぅ、すぐ、止まるから…っ」

「名前…なんでもいい」

「え、な、に…?」

「今おまえの思っていることを言ってくれ」

わかっている。
触れられもしない。ただその涙を止めることも叶わん現実からの苛立ち。
そんなオレが今出来ること。
名前が溜め込んだものを全て受け止める。彼女が泣いているというのに、それくらい出来なければ男ではないな。

「…や、あの……あ、…っ、」

何かを言おうとして、震える唇を閉ざす名前。オレを困らせる、それが引っかかってるのであろう?

「名前」

促すように、おまえが愛しいと伝わるように、映る名前の頬をなぞる。

「っ!………う、……尽八くんに、会いたい……!」

それはなんとも悲痛な叫びだった。
またぼたぼたと涙が零れ落ちる。
名前は堪えきれなくなって子供のように声を上げて泣いていた。

嫉妬に狂いそうになっていた自分が大馬鹿者のように思えた。異国の地で友が出来ようとも、当たり前にオレや家族と離れた寂しさがないわけなかったのだ。
明るく振舞って、オレに心配かけぬように必死だったのだろう。オレが気付いてやるべきだったのだ。

「…わかった」

「んえ…?」

「少し、待っていろ」

「ひっ、…く、え?」

名前がオレに会いたいと言っている。
オレも会いたいと思っている。
何も躊躇うことはないのだ。それだけで会いに行く理由には十分すぎる。

やがて名前が落ち着き、適当に話をして無理矢理にでも笑えるようになったのを見届け、通話を切った。結果名前の方はすでに明け方に近いらしく、悪いことをしたような気もする。このまま寝てしまうと大学に遅刻しそうだからと、寝ずに行くと言っていた。

一方こちらはまだ夜になろうというところ。オレは早急に荷物を詰め、空港行きのバスに乗り込んだのはその1時間後。
向こうに着くのは何時間後だろうか。
景色が変わらぬ高速道路で、ただただ車のテールランプの連なりを眺めていた。
オレが会いに来たと言ったら名前はどんな顔をするだろうか、そういうオレも逸る気持ちを抑えきれない。


空港に着き、紫のキャリーケースを引きながら航空チケットを買う。幸い通常の平日で空きもあった。
飛行機の搭乗案内や、乗り込んでから離陸するまでの時間がいちいち異様に長く感じる。
到着は日付が変わった昼間だろうか。ならば名前の通っている大学に行った方が会えるかもしれんな。
隙間の時間を使って空港から大学までのルートを調べる。頭では理解しても、実際このルートを辿るのにはおそらく根気がいるのだろう。なんせあらゆる言語が日本語では通じないのだから。

自分で調べたルートをひたすら照らし合わせて1時間半。
ようやく名前から聞いていた大学名を目にする。着いてしまえばあとは問題などない。どこにいようと見つけられる自信がある。

とりあえず名前に会ったらーーこの手できつくきつく抱き締めよう。
2人の熱で溶け合うくらいに。
それから名前のアパートに帰ってキスをしよう。
何度も何度も、会えなかった日の分全て埋めつくそう。
止められなくてそのまま抱いてしまうかもしれない。
そんな十分に有り得る想像をしてしまい、思わず頭の中で笑ってしまった。
夜になったら2人で料理をして共に食べよう。
風呂に入り、名前を腕に閉じ込めて眠ろう。
そんなこれからの時間を思い描きながら、名前がこの胸に飛び込んでくるまであと少し。



君を想ふ。
こんなにも。
君に恋焦がれる。
いつだって。



End


お題箱より、東堂と遠距離恋愛。



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