現代パロ。





  (久々知の場合)

「絹ごし豆腐ください」
「ねぇよ」
「じゃあ木綿で」
「問題はそこじゃねぇんだよ、帰れ」

掘りの深い整った顔立ち、長い睫毛に縁取られた大きな目。典型的王子様フェイスの彼は、口を開けば冗談としか思えないような台詞を大真面目に吐く、そんな奴だった。
いや、私こいつのことそんなに知らないけど。今さっき初めて顔を突き合わせたばっかだけど。

「そんな……!学校で噂になってるから期待してきたのに、こんなに邪険にされるだなんて……!!じゃあおぼろ豆腐で!」
「お前わざとやってんの?ここただの喫茶店なんで豆腐は置いてないんですけど!置いてたところでそれは今日の私の夕飯なんですけど!!」

何…だと…とショックを受けたようによろめく少年は、言われてみれば見覚えのある制服を着ていた。この店の常連にも同じ制服を着ている奴が何人かいるのだ。男子高校生の服装になんかいちいち気を配っていないので気が付かなかった。

「……うっ…とう、ふぅぅうっ」

私がまじまじと彼の制服を観察していたら、彼の目には見る見るうちに涙が溜まっていった。やがて張力の限界を超えて流れ出す涙が、女子も羨むような白い頬を濡らしていく。
え、何?この子なんかあれなの?心の病気的な何かなの?
私は心中で狼狽えるが、表情はピクリとも動いてくれない。学生時代から私が鉄面皮と呼ばれる所以である。

「え、えぐ、……たの、楽しみにして来っ、来たんです、な、なの、なのにぃっ…」

えええぇぇ。たかが豆腐されど豆腐。豆乳ならあるよ、と妥協案を示してみても、彼が泣き止む様子はない。まだ開店直後で、客が彼しかいなかったのが幸いだった。こんなのが客に広まったら、確実に閑古鳥が鳴く。もともと私の無愛想のせいで客足は遠のき気味なので、それはもう鳴きまくってしまう。

「えっと……通り2つ向こうにさ、自家製豆腐の美味しい定食屋さんがあるから」

一緒に行こうか。
そう提案してみれば、驚いたように彼が私を見る。

「とう、ふ?」
「うん。しかも箸休め的な意味で出されてるからお代わり自由」
「……行く、行きます」

随分と簡単に泣き止むもんだこと。彼の豆腐への執着に半ば引きつつ、私は黒いエプロンを壁に掛けた。時刻は10時と少し早いが、朝から晩まで開いている店なので問題ないだろう。
こうして、我が喫茶店は急遽午後のみの営業となったわけである。


「よーしお姉さんが奢ってやろう。ところで少年、名前は?」
「…久々知、兵助です」
「解った久々知な。学校はどうしたんだ久々知」
「サボりました」
「そうかサボりか。サボるときは制服着ない方がいいと思うぞ」
「……あっ」
(気付いてなかったのか…)






  (七松と中在家の場合)

「昨日は休みだったんだな!私、部活帰りに寄ろうと思っていたのにがっかりしてしまったぞ!」
「何か…あったのか…」

はつらつとした七松の声に、もそもそとぼやく様な中在家の声が続く。この2人は私が喫茶を始めてからの常連だから、かなり長い付き合いになる。先日高校三年生になったという彼らは、しかし変わらずこの店に入り浸っていた。
いいのか受験生。私が高三の時は微分積分が恋人だったぞ受験生。
以前そう聞いたら、大川学園は大学まであるから進学はエスカレーター式なんだ!と言われた。私立の教育機関マジ羨ましい。

「昨日は開いてたぞ、朝の9時から10時までだったけど」

中在家が注文したモンブランに粉砂糖をまぶしながら答える。
昨日知り合った久々知を定食屋に連れて行ったら、店主と久々知の3時間を超える豆腐談義に付き合わされて午後の営業をするエネルギーが無くなってしまったのだ。
あれはもう駄目だった。私の常識の右斜め上の会話が繰り広げられていた。最後の方とか豆腐って言葉がどうして豆腐なのか分からなくなった。早い話がゲシュタルト崩壊した。

「ほら、サンドイッチとモンブランな。おいこら七松、オレンジジュースぶくぶくしてんじゃねえ」

子供のような真似をしている七松の頭をカウンター越しにばしんと叩いた。おさまりの悪い髪が揺れる。

「此処のサンドイッチ、美味しいけど少ないよな!一皿じゃ足りないもんな!」
「ここは喫茶だ。茶を飲む場所。フランスパン一本使ったサンドイッチだって、ほぼお前専用メニューなんだよ。腹一杯喰いたきゃ他行け」
「えー、怒んないでよ。私なまえさんの作るお菓子とか好きだし」

力いっぱいサンドイッチにかぶりつく七松と、その隣で控えめに頷く中在家を見る。まぁなんだかんだで良い奴らだ。私がどんなに無愛想でも普通に店に来てくれるし。

「はいはい、ありがと」

自分用に淹れたエスプレッソが入ったマグカップを傾ける。大きめのマグカップでエスプレッソを飲むのは私のささやかな贅沢の一つだ。一度七松たちにくっついてきた幸薄そうな奴に、それカフェイン中毒ですよ!と言われたがやめるつもりはない。第一酒を飲んだり煙草を吸ったりするよりは害がないじゃないか。

「ところでもう7時だぞお前ら。閉店時間だからさっさと喰って出ていけ」
「え!私たち今来たばっかりなのに!?」
「ラストオーダーの時間過ぎてたのに作ってやっただけありがたいと思え」
「いつも思うんだけどこの店閉まるの早いと思う!!」
「いいだろ私の店なんだから私の勝手にしたって。私はきっちりかっちり9時には寝たい派だ」
「お婆ちゃんみたいだ…」
「なんか言ったか七松」

私に縋りつこうとする七松の肩に手を置いて、中在家がふるふると首を左右に振る。それを見た七松が長次まで!と絶望したような声を出した。お前も諦めの悪い奴だな七松。

「……ごちそうさまでした」

中在家はいつの間にか空にしたらしい皿とカップを私に手渡してきた。ソーサーには、紙ナプキンの切れ端で折られた兎が鎮座している。器用だな中在家。そして案外可愛いチョイスだ中在家。
頼むものも軽食よりは甘味が多いし、思ったよりも可愛いものが好みなのかもしれない。見た目とかガタイ的にはがっつりした丼ものとか食べそうだけど。

「いくぞ、小平太……」
「待ってくれ長次!今食べるから!」

大きめのサンドイッチを口に押し込み、残っていたオレンジジュースをズゴーッと飲み干した七松が席を立つ。ごちそうさま!と忘れずに言うあたり、礼儀は正しいんだよなぁ。喰い方汚いけど。メインメニューでないとはいえ、もうちょっと味わって食べてほしかったぞ七松。いや急かした私が悪いんだけども。

「今日の支払いはどっちだ?」
「えーと、…前回は私だったから今日は長次だな!!」
「ああ……」

何が楽しいのか笑いながら店を後にする七松を見送りながら、私はレジスターを叩く。

「1550円になりまーす」

いつもこの時だけは丁寧語になってしまうのだが、まあ常套句であるのだし仕方のないことだろう。





   2011/06/05〜2011/07/06
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