(ザガノス中心の細切れ話を詰めたもの)



窓から差し込む光に目を覚ます。寝台からもそりと抜け出すと、朝の冷涼な空気が夜着を撫でる。私はぶるりと身を震わせて、窓の外を眺めながら大きく伸びをした。
石造りの塔の中にあるこの部屋は、書物だらけで些か手狭な勘はあるがなかなかに眺めがいい。一方で下っ端将軍の私の部屋は、広くはあるがそんなに高いところにはないから、私はこの部屋からの眺めの方が好きだった。
遠く平原の向こうから、朝日が私の網膜を心地よく灼く。一晩で固まった身体中の筋肉をぐいと伸ばして、私はくありと欠伸をした。

「いい朝だなぁ…よし、今日も頑張ろう!……ん?」

最後にぱん!と両頬を叩いて自分に気合いを入れる。…と、私はふと窓の外に1羽の鳩が止まったことに片眉を上げた。
私が窓を開けても、鳩は逃げる様子がない。それどころか、くるくると鳴きながら部屋の中にひょいと入り込んできた。
私はといえば慣れたもので、窓の脇に下げてあった小さな朝袋から幾ばくかの餌を取り出して鳩に与えてやる。それから空いた片手で鳩の足をまさぐり、そこに巻き付けてあった小さな紙切れを取ってやった。うん、我ながら器用だ。
私はその紙切れを開いて表裏に何も書いていないことを確認し、くるりと振り向いて寝台の方に声をかけた。

「…ザガノスさん、お手紙来ましたよぅ!」

窓を閉めながら、私は自分もさっきまで寝ていた寝台に近寄った。鳩は悠々と私の手首にとまって、手の中の餌をつついている。
ザガノスさーん、と再度呼び掛けると、掛布がむくりと持ち上がって、部屋の主の黒い頭が覗いた。

「……」
「おはようございますザガノスさん!はい、お手紙!」
「……ああ」

眠たげに何度か瞬いたザガノスさんは、緩く波打つ前髪を邪魔っけにかきあげて紙切れを受けとる。
前髪、邪魔なら切ればいいのに。以前から何度か進言しているのだが、ザガノスさんはその度に面倒臭そうに頷いて、それで終わりだ。
不機嫌きわまりなさそうないつもの顰めっ面で、ザガノスさんが立ち上がって仕事用の机に向かう。私は寝乱れた寝台を適当に整えてから、その後に続いた。

「スレイマンですか?」
「…いや、央海の耳役の誰かだろう」

ザガノスさんが蝋燭に火を灯し、紙切れを火に翳す。
ザガノスさん配下の密偵である耳役は、いつも特殊なインクを使った手紙を鳩にくくりつけて飛ばしてくる。火で紙を炙ると文字が浮き出てくる不思議なインクなのだが、何度見たって私には魔法のようにしか見えない。

「…わぁ、また帝国?鬱陶しいですねぇ」

彼の持つ紙に浮かんだ文字を盗み見て、私は思わず顔をしかめた。それは、バルトライン帝国がまた将国領に難癖をつけてきたという報せだった。
侵略国家たる隣の大国は、我が将国の政治家にとって最近の頭痛の種である。特に帝国からの第一防衛線都市を管轄領地に持つザガノスさんにとっては。
私が彼の表情をこっそり盗み見ると、ザガノスさんはやはりその端正な顔に苦いものを多分に加味させていた。

「…ザガノスさん」
「何だ」
「顔怖いですよ?ほら、可愛いなまえちゃんを愛でて癒されタイムとかどうです?」
「…………」

精一杯の可愛い笑顔で首を傾げて見せると、ザガノスさんの私を見る目が人間を見る目から溝鼠を見る目に早変わりした。それはさすがに傷付くぞこのやろう。
ザガノスさんは平手で私の頭をべしんと叩くと、苛々した様子で紙切れを火にくべた。

「朝から嫌な報告を受けて気分が悪い。手酷く犯される前に自分の部屋に戻ったらどうだ阿呆」

ふん、と鼻を鳴らして、ザガノスさんは部屋の奥に引っ込んでいく。私はじんじんと痛む頭を押さえながら、ぷうと頬を膨らませたのだった。
ちぇっ、せっかくおどけてご機嫌直そうと思ったのに。


**


「マフくんだ!今日もかわいいー!」

将軍会議に行く途中で見つけた黄色い頭の後ろ姿に、だだっと走っていって抱きつく。うわっ、と焦ったような声が上がるも、一応は男の子、何とか倒れる前に体勢を立て直したようだった。

「なっ…、なまえ将軍!」
「あれ?今日イスカはー?」
「将軍会議にイスカンダルを連れていけるわけないでしょう…」

うんざり顔、といった感じで私を見るマフくん。まるでひよこみたいな彼は、これでも最近昇格したばかりの将軍の一人だ。何でもあの大都市のカリル将軍の養い子で、士官学校では断トツの主席だったんだとか。可愛いけどすっごく有能なのだ。可愛いことには変わりないけど。

「ふーん残念、イスカ可愛いのにね。まあいいや、マフくん将軍会議一緒に行こ!」
「いやあの、ちょっと…」
「良かったー!ザガノスさんさっさと行っちゃうんだもん!一人で行くの寂しいじゃん?」
「いやだから、なまえ将軍…!」

マフくんの腕に抱きついて会議場に向かおうとすると、ばっとマフくんに振り払われた。えっ。
いきなりのことにびっくりしてマフくんを見ると、彼は何だか真っ赤な顔で私を見ていた。

「えっ、マフくん?もしかして嫌だった!?わぁごめんね、私人の話聞かないって昔っからザガノスさんに言われてて…!」
「い、いえそうではなく!」

あわあわと狼狽えて彼に謝ると、しかしマフくんは私と同じように狼狽して私が頭を下げようとするのを押し留めた。

「あの、あああああ、あたっ、当たっていて…!」
「へ?」

耳まで赤くしたマフくんが、そっぽを向きながら私の胸元を指差す。
つまり、つまりだ。私が彼に抱きついていたことで、そんなに豊満というわけでもない私の胸がマフくんに当たっていたと、そういう事なのか。

「おうふ…ごめんマフくん、気付かなかったよ…」

というか、そこまで気にされるとは思わなかった。ザガノスさんは無反応だし、スレイマンは何故かちょっと喜ぶし、サルジャ将軍は抱き締め返してくれるし、他の将軍たちはお父さんからおじいちゃん世代ばっかだし。
ごめんね?と顔を覗きこむと、マフくんは両手で顔を隠してしまった。女子か。


**


御旗のなまえ将軍。

それが私の呼び名だ。
トルキエ軍において兵の指揮を高める象徴、軍旗を掲げた将軍、という意味合いらしい。恐らくは、男社会であるトルキエ軍で成り上がった私に対する"お飾り将軍"という蔑称の意も籠められているのだろうが、それはそれで気に入っている。
女だからと嘗めてかかってくる男がいたら目にもの見せてやるだけだし、最初からみんなに認められてるなんて、何だか嘘臭いじゃないか。

「全くもって精鋭部隊養成場だな。毎年新兵の半分は他の隊に流れていく」
「いいじゃないですか。一つくらいは必要ですよ、少数精鋭部隊」

訓練後の夕食を食べながらザガノスさんの苦言に反論する。すると、「誰も悪いとは言ってないだろう」と一蹴された。た、確かに。
まあ私もちょっと厳しいかなとは思うが、戦闘特化のなまえ軍のレベルを保つには、普通の訓練では到底足りないのだし仕方ない。一般の兵士に評判がよくないのは知っている。最近では新兵殺しのなまえ軍とかいう不愉快な渾名まである始末だ。
そもそも戦争となれば私の訓練なんて甘いもんだということさえ分からない奴には、早々にドロップアウトしてもらうに越したことはないのだ。私開戦派だし。戦争が始まってから足引っ張られても困るし。

「お前の訓練を耐え抜いた兵の結束と戦闘力は段違いだからな、私としては咎める理由もない」

そう言って、ザガノスさんは焼いた羊肉を咀嚼する。相変わらず嫌味なほど行儀がいい。

「だ、だって」

いじけたような声が出た。果実酒を飲み過ぎたのか、少しくらくらする。
ザガノスさんが静かに私を見て、そっと目を細めた。それが何だか責められているみたいに感じられて、居心地が悪い。

「強くなきゃ大事なものを守れないんです。私たちは守るために剣をとったのだもの、弱いままじゃいけないじゃないですか。私たちは強くなって、弱いひとを守らなくちゃ」
「…なまえ」
「私たちが弱いままだと、もっと弱いひとたちが死ぬんです。殺されるの。そんなのは嫌です。守れないのは嫌。みんなが死ぬのは嫌なんです」
「…なまえ、今日の分の薬は飲んだのか」
「みんな死んじゃうじゃないですか、私のせいでみんな死んじゃうじゃないですか。だから私は頑張らなきゃいけないの、頑張らなきゃ」

何だか黙っていられなくて、私は座ったまま床を蹴った。だん、だん。なんだかむずむずする。床を蹴る。

「私はみんなのために強くなくちゃ」

だん、だん、だんだん。

「私たちはみんなを守るために強くならなくちゃいけないんです」

だん、だんだんだん。
だんだんだんだんだん。

「だから、だからだからだからっ…」
「なまえ!!」

だん。
ザガノスさんが大きな声で私を呼んで、私は吃驚して床を蹴るのをやめてしまった。いつの間にか、私はびっしょりと汗をかいている。
呆然とする私をザガノスさんは静かに見て、疲れているんだろう、と言い聞かせるように言った。

「…ザガノスさん?疲れてなんか、いません」
「薬を飲んで寝ろ。私の寝台を使っていい」

ザガノスさんは私の言葉を聞かずに、私を椅子から立ち上がらせた。床を蹴っていた足が、痺れて震える。
ザガノスさんが私の背を撫でる。何度も、まるで子供をあやすみたいに。

「早く寝てしまえ。何も考えなくていいんだ」

ザガノスさんが柔らかな声音で言う。彼はたまに、こういう優しげな声で私は語りかけることがあった。それはいつものザガノスさんとは様子が違って、私はいつも違和感に混乱してしまう。
ザガノスさんに寝台に誘導されて、少しだけ強い力で寝かされた。ザガノスさんが静かな目で私を見ている。
ああ、よくわからない。
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