(ゲームネタバレを含みます)





赤い信号が、ちかちかと明滅している。その光の忌々しさに舌打ちして、わたしは既に弾の尽きた拳銃を懐にしまった。弾切れを起こして久しいそれも、一応は鈍器になる。大した重さではないので殺傷力は低いが、正しい位置を正しい力で殴れば何とかはなるのだ。

「きゅ…どーし、さま…」

乾ききった喉から、掠れた声が漏れた。
きゅうどうしさま、求導師さま。
お優しい、清らかな、わたしのかみさま。儀式など知ったことか、村の存続など知ったことか。わたしはただ、求導師さまがお幸せならそれでいいのだ。
求導師さまは家屋の柱のそこここに目印を残してくださったから、わたしはそれを追ってここまで来た。ここで待っているって、あの人はそう書き置きして下さったのだ。

「きゅう、求導師、さま?どこ?ねぇ、なまえが参りましたよ、貴方のなまえが、おそばに参りました」

求導師さま、求導師さま。
わたしは幼子のようにそれだけを繰り返して、暗闇をよたよたと歩き回った。
求導師さま。お返事をしてください。求導師さま。

「求導師さま、?」

かつり。
わたしの足が止まった。足下には、丸まった白衣が転がっている。辺りを見回した。誰もいない。求導師さまは、いない。
わたしは首を傾げた。

「……?」

求導師さまがいない。どうして?どうしてだろう。
足下にある白衣を見る。宮田のだ。みやた。要らないものを消す、宮田の息子。村のお医者さま。いけすかない、嫌味ったらしい医者。
でも、ここにどうして宮田の白衣が?死んだのか。宮田もまた、村をさ迷う屍人の列に加わったのか。
まあそれならそれで、いい。別にどうでもいい。求導師さまと同じ顔をしているが、あれは紛い物だ。求導師さまじゃない。わたしの神様じゃ、ない。
わたしは屈んで、白衣の端に指を引っ掻けた。濡れた感触。構わず立ち上がって、白衣を引き上げる。
べちゃり。

「……」

濡れた音がして、わたしは足下を見た。何かが落ちている。瞬いた。暗くてよくわからなくて、わたしはそれの傍にしゃがみ込む。
てらてらと怪しく光る、赤黒いそれは、何かの肉の塊のようだった。

「……?」

わたしはゆっくりと瞬いて、そろそろと指を伸ばした。ひたり、濡れた表面に触れると、生暖かい温度が感じられた。どくりどくり、ゆったりした鼓動も、微かに伝わってくる。

「…生きて、る」

生きている。生きているのだ、この肉の塊は。生暖かく柔らかなその感触に、わたしは言いようもない不安を抱いた。
ごぼ、ごぼり。
やがて、肉塊の一部、妙な形に凹んだ窪みから、赤い液体が溢れた。それが血なのか、村に溢れた赤い水なのかはわからない。ただその鮮烈な赤は、わたしの手をしとどに濡らして地面に零れた。

「……」

わたしは瞬いて、その肉塊をゆったりと撫でた。濡れた感触。ただ、その暖かさにとても安心した。
ずっと、一人で屍人の村をさ迷っていたからだろうか。わたしは堪らなくなって、その肉塊を抱き締めた。服が濡れるが、そんなのは気にしていられなかった。今はただ、この肉塊が無性に愛おしい。
ぎぃ、と。軋りあげるような鳴き声が、肉塊から漏れた。わたしはそれを聞いて、ひたりと動きを止める。
その音に、いやに聞き覚えがあることに気が付いたのだ。これは、これは。聞いたことがある。いや、ほとんど毎日聞いていた、この声は。

「…君も生き残っていたのか」
「っ!」

ふいに横合いから声をかけられて、わたしはびくりと肩を跳ねあげた。
ああ、同じ声だと。頭のどこかがいやに冷静に、そんなことを考える。これがもう片方の、優しくわたしを呼んでくれるあの人の声だったならどんなに良いだろうと思う。
しかし、わたしに近寄るその硬質な声に、そんな優しさは一切感じられなかった。

「君が牧野さんと一緒にいないのはおかしいと思ったが…ここで落ち合う予定だったのか?」

それはまた、時期の悪いことだ。宮田が冷たく言い放つ。
宮田は、黒い服を着ていた。…いや、ただの黒い服ではない。首からマナ字架を下げたその姿は、まさに求導師さまと同じ服装だった。

「…みや、た?」
「ああ」

問いとすら言えないようなわたしの声に、宮田が頷く。求導師さまの姿をした紛い物は、わたしを見て、わたしの抱える肉塊を見て、酷薄に笑った。

「ああ、そんな姿になってしまったんですね」

宮田の笑みに、わたしの唇が戦慄く。やめろ、聞きたくない。その先を、言わないでくれと、泣き叫んで懇願したかった。しかし、わたしの体は動かない。恐怖と不安に支配された役立たずな体は、一向に動いてくれない。

「やめて、やめ、や、やめて」
「本当に哀れな人だ、貴方は」

宮田が笑う。わたしの喉がひきつる。肉塊が、ごぼりと赤い液体を吐き出した。

「――牧野さん」

わたしの悲鳴が、夜闇を裂いた。
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