※現パロ



 がたん、ごとん。
 列車は走る。少しだけ傾いた午後の陽光が窓から差し込んでいる。その眩さに目が眩みそうだ。
 自分が今乗っている電車の名前を、私は知らない。緑色の座席が、がらんとした車内にずっと続いている。吊革がずらっと並んでいる光景は、少しだけ可笑しい。それらは全て同じ高さではなくて、ひとつひとつに僅かなばらつきが見られた。
 きょときょと。私の視線が動く度に、瞼の裏を眼球が滑っていく感覚がある。つるりとした、それでいて歪な。でも、そんなのはきっと思い込みだ。眼球に触覚はないし、瞼の裏にもそんな繊細な神経は通っていない。
 私はそっと瞬いてその思い込みによる感覚をリセットした。それから身体を捻って、窓の外を見遣る。まばゆいばかりの雪景色が、後ろへ後ろへと流れていった。

「あまりきょろきょろするなよ、気になるだろ」

 私の隣で文庫本を読んでいた鉢屋が、文字の列から目を話さずに囁いた。今この車両には私と鉢屋しか居ないのだから、別に小声になる必要はないのに。
 私は鉢屋の横顔をちらと見て、また窓の外に視線を投げた。やはり、白が網膜を灼くような雪景色だ。「雪に埋もれる街が見たい」と彼を旅行に誘ったのは私であるが、実際目の前にしてみると案外と素っ気ない景色だと思う。

「鉢屋は雪国に住んだことある?」

 ふと湧いた疑問を口にする。ないよ、と短く答えた鉢屋は、この景色に負けず劣らず素っ気ない男だった。

「もう少し会話を続ける努力をしたらどうなのさ」
「…お前なぁ、それならハチや勘右衛門を連れてくれば良かっただろ」

 呆れたように言って、鉢屋が初めて文庫本から目を離した。私を見る両目は存外に静かで、私は一瞬どきりとする。見透かされる気がしたのだ。私が底の浅い人間であるという、その事実すら。

「自分で言うのもなんだが、私は話しやすいタイプでもないだろ。そんなに仲良くもないしな」
「…まぁ、」

 そうだねと同意しかけて、私は慌てて口をつぐんだ。別に鉢屋に遠慮したとかではなく、単に私も人のことを言えやしないのである。人との間に壁を作っているのだ。
 私が旅行に行かないかと誘った時の、鉢屋の表情を思い出す。彼はひとしきりぽかんとした後、雷蔵と間違えているんじゃないかとまで言いやがったのである。少し失礼だ。
 確かに鉢屋と私はそう仲の良い間柄でもない。2人とも興味のない人間には全くといって良いほど関わらない人間であるし、互いは互いに興味が無かった。仲良くなろう筈がないのである。単に、私たちが学校で同じグループに属しているというだけだ。共通の友人を介した関係、とでも言おうか。
 その共通の友人である竹谷や尾浜の方が、私も余程話しやすかっただろう。しかし、それを分かっていてなお私は鉢屋だけを旅行に誘った。

「なら鉢屋だって、どうして断らなかったの」
「あのなぁ、質問に質問で返すなよ」
「私は鉢屋と行きたかったから誘ったんだよ」
「……は、」

 たっぷりと沈黙を置いたあと、鉢屋は彼にあるまじき間抜けな返事をかえしてみせた。舌先三寸嘘八百な男だと思っていたのだが、案外素直な性格なのかもしれない。
 私は鉢屋が持ったままの文庫本に手を伸ばすと、すいっとそれを取り上げた。栞も挟まずにぱたりと閉じると、青い蝶が描かれた表紙が目に入る。怒られてしまってはいけないと、開いてあったページ数を覚えてから閉じた私も大概度胸がないものだと思った。

「…それ、どういう……」

 呆然と呟くように言う鉢屋に文庫本を返して、私はただ次の駅で降りようかと、それだけ言った。だって、そこで降りたら港町なのだ。冬の海が見てみたいと、そう思う。

「ねぇ鉢屋、海が見たいな」

 言葉にしてみればいささか陳腐であるけれど、何だかとっておきの名案を思い付いたように思えて、私はつい頬を緩ませた。納得がいかないように私を見る鉢屋の袖口を掴むと、指先がむず痒いような痛いような、不思議な感覚を覚える。

「少し寒いけどさ、一緒に来てくれたら嬉しい」

 小さく頷いた鉢屋を見て、私はまた笑った。





2012.01.05
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