私の幼馴染は完璧な人間なのだと思う。それはきっと私がそう思い込んでいるだけなのであるが。私などという人間が尾浜勘右衛門という天賦の才を理解することなど不可能だからだ。天賦の才であるというその一つの記号についてでさえ、私の勘違いなのかもわからない。愚劣で愚鈍な私はどうにも彼という人間が分からない。揺らいで見えるのだ。私には彼が、まるで陽炎であるかのように見える。

「なまえ、見て。また満点だったんだ」
「はぁ」

 それは良かったです、と。私は気の抜けた声で適当な台詞を吐く。彼と話す時、私の注意は彼には向かない。ふわふわと、どこか遠い所へ飛んで行ってしまうのだ。困ったことだ、と私は他人事のように考える。ぼんやりとしているのである。
 ほら、すごいでしょう。そう言って勘右衛門くんが私の手をとって、一枚の紙を握らせた。かさかさとした手触り。見慣れた彼の字の上に、朱色の丸がいくつも乗っている。強い既視感。当り前だ。彼は優秀で、私が見る彼の答案はいつも満点だ。罰がついた答案は見たことがない。茫洋とした意識の中で、渇いた紙の感触が少し不快だった。

「頑張ったんですね、勘右衛門くん。偉いです」
「そう、頑張ったんだ。なまえのために頑張ったんだよ。褒めてくれる?」
「ええ、ええ。勘右衛門くんは良い子ですね」

 私がぼんやり、吐息と一緒に吐き出した言葉を、彼は嬉しそうに拾う。彼はいい加減に私から離れるべきだと、そう思った。こうした凡庸な女を気にしていてはいけないのだ。きっと。忍術学園になど入学して5年も勉強して、彼がこれからどういった人生を歩むかなど私には想像もつかないけれど。でも、やはり彼のこの先に私が入る余地などあってはならないと、そう思うのである。強く、強くそう思うのであった。

「俺ね、いつもなまえのために頑張ってるんだよ?なまえのためなら俺は何にだってなれるの」
「はぁ、それは素敵ですこと」

 私の気のない返事にも、彼は嬉しそうに笑う。擽ったそうにうふふと笑う彼の様子が、私は存外好きであったことを思い出した。彼は私の前ではあまり笑わない。もちろん笑顔ではあるのだが、それは笑っているのではないのだ。口角が上がっているだけの、それはただ顔面の部品の配置のひとつにすぎない。

「子供の頃さ、木登りの上手な人が好きって言ってたでしょ?だから俺誰より木登りが上手くなったの。かけっこだって、なまえに一番見てもらえるように速くなったし、頭も良くなったよ。俺はさ、なまえのためなら何だって出来るんだから」

 ふと、勘右衛門くんが私の腕を引いた。ぼんやりとしていた私は、大した抵抗も出来ずに彼の腕の中に閉じ込められてしまう。私の勘右衛門くんの体に潰されて、満点の答案がくしゃりと音をたてた。勘右衛門くんはいつも、どこか柔らかな匂いがする。まだ乾かしきっていない薪のような、日の光を浴びた果実のような、そんな匂いがするのだ。困ったことに、私はその匂いがとても好きだった。これでは彼から離れることが出来ない。実に困ったことである。

「なまえのことがいっとう好きなんだよ、俺。ねぇなまえ、知っていた?」

 彼はそう言って、私をぎゅうと抱きしめた。
 私は彼にどう答えたものかと思案して、結局考えることを放棄した。思考がはらはらと零れる。深く考えるようではいけない。考えてはならないのだ。彼は、私という凡愚には考えもつかないほどの才能であるのだから。
 ただひとつ惜しむらくは、彼はその稀有な才能を、私という愚昧にしか使うことが出来ないことだけ、それだけだった。

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