「あ、なまえ先輩どこ行くんすか」

 私が学校の廊下を歩いていると、委員会の後輩である次屋が話しかけてきた。
次屋は何をしようとしていたのか、非常ベルのボタンに人差し指を乗せている。いや、何しようとしてるかはわかるけどやめろお前。叱られるくらいじゃすまないぞ。
今は卒業した七松先輩が同じことやらかしたときは、反省文8枚とかだったらしい。作文の能力が小学生な七松先輩のサポートに中在家先輩と苦労したことで、私たちの間に妙な友情が芽生えたのも今ではいい思い出だ。だからやめろよ次屋。今度は富松と苦労する羽目になるのはまっぴらごめんだからな。いや、別に富松と仲良くなりたくないという意味ではなく。

「図書室だよ。雷蔵がペンケース、私のと間違えて持って行ったんだ」

 次屋を非常ベルから引きはがすと、私は片手に持った雷蔵のペンケースを示した。いつだかに三郎から送られたとかいう白と青のボーダーのそれは、私のペンケースとは似ても似つかない。しかし雷蔵のことだから、よく確かめもせずその辺にあるものを手当たり次第に鞄に入れたのだろう。
 次屋が首を傾げ、図書室っすか、と呟く。

「図書室なら逆方向っすよ」

 まったく先輩は方向音痴なんすから、と私の手を取って歩き出そうとする次屋を引き止めて、私は苦い顔をした。そういえばこいつ、方向音痴だったのだっけ。委員会室までの送り迎えは用具委員の富松がしてくれているから、すっかり失念していた。

「ばか、図書室はこっちだよ」

 逆に次屋の首根っこを掴んだ私が、さっさと廊下を歩きだす。
 ちがいますよー、なんてのたまう次屋を無視して、私は廊下を進んだ。




「……で、連れて来たの?」
「仕方ないだろ、放っといたら非常ベル押しそうだったんだ。ほらペンケース」

 ありがとう、じゃあこれ、と私のペンケースを差し出す雷蔵から自分のペンケースを受け取る。やっぱりお前が持ってたのか。

「先輩すげっすね。図書室と逆方向に進んだのにいつもより早く着いたし」

 普通のルートで来たんだよお前いつもどんな道順で校内歩いてんだ、と言いたくなるのを抑え、私は雷蔵から渡されたペンケースを自分の鞄に入れる。

「で、次屋お前富松はどうした」
「…あー、なんか作兵衛迷子になったみたいで。俺の周り方向音痴多いんすよねー」
「つまり迷子になったのか次屋」
「違いますって。迷子は作兵衛の方」

 顔を真っ青にして次屋を探し回る富松の姿がありありと思い浮かぶ。私が富松のところに連れて行った方がいいだろうなぁ。どっちにしろ次屋を一人にはできない。反省文8枚はもう嫌だ。
 また次屋の首根っこを引っ掴んで図書室を出ようとすると、雷蔵が笑う気配がした。なんだろうと振り向くと、何も言わないうちから仲いいねーと言われる。仲良いっていうか、これは自分が被害被らないための予防線だ。
 図書室を出ると、夕暮れの光が廊下を満たしている。

「……俺思ってたんですけど」
「んー?」
「なまえ先輩って夕日っぽいと思うんすよ」
「はぁ?」
「いや、なんだかんだ優しいって意味で」

 私が立ち止まって次屋を見ると、次屋は何か?といった風情で私を見返してきた。よくわからない。もし私が優しい人間だったとしても、そこから何故夕日なのか。さっぱりわからない。

「お前なに、方向音痴だけじゃ飽き足らず思考も迷子なの?」
「だから方向音痴なのは俺じゃねーですって」

 苦々しげに言った次屋は、私を見てふっと笑った。

「先輩おもしれーっすね」

 まったく全然、意味が解らない。こいつ一体何なの。脳みそに蜘蛛の巣でも張ってんじゃないの。
 私は首を傾げた。次屋は笑っている。廊下は夕日で真っ赤だ。




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