マンションの前にフェラーリが止まっていた。
 ゴミ出しに来たであろうおばさん方が遠巻きに見ているそれを、わたしは至極無感動に眺める。まぁなんというか、同僚が乗っているので見慣れているのだ。
 寝癖の残る頭をがりがりと掻いて、早くベッドに戻って二度寝しようと手にしたゴミ袋を持ち直した。ちなみに今のわたしの格好は、高校のときから着ているジャージにキティちゃんのサンダルという、びっくりするほどやる気のないものだ。
 カラス避けの網をのけて燃えるゴミの指定ゴミ袋を置くと、屈んだ拍子に腰の辺りがバキバキと音を立てた。

「運動不足」
「あー、そうかも。最近引きこもってることが多く、て?」

 背後から飛んできたダメ出しに納得しかけて、ん?と振り返った。視界がぐるりと180度切り替わった途端、わたしの頬はひくりとひきつる。

「ストレッチくらいはした方が良いんじゃないかな。さっきの音はさすがに酷い」
「……た、竹中くん…」
「あとその格好も」

 酷いね、と悪びれもなく言った麗人は、にっこりとわたしに微笑んだ。






「面白かったかい?」
「面白かったです…」

 ずびび、と汚く鼻を啜るわたしを見て、竹中くんは微笑んだ。
 試写会のペアチケットがあるんだけど、行くかい?と言われて付いてきたここは、市内では最大の映画館だ。

「うぅ、なんで竹中くんは泣かないんだよ…」
「必死にスクリーンを見詰める君を見てたら、面白くて泣く暇なんてないよ」

 竹中くんをじっとり睨み付けるが、全く堪えない様子で笑われた。普通顔のわたしが映画見ながら百面相したからって何が面白いんだろう。皆目わからない。

「つか、竹中くんはこういうとこ来ない方がいいと思うよ」
「おや、どうしてだい?」

 ペア限定の試写会、しかも邦画の恋愛ものなんて、大体カップルくらいしか来ないだろう。その中に竹中くんくらいの美形を放り込んだら、そりゃ女性の目は竹中くんに行くに決まっている。無視された男性はみんな涙目だ。
 実際今だって、わたしには検討違い甚だしい嫉妬の視線が突き刺さっているのだ。わたしはペアチケットが勿体ないから連れてこられただけだっていうのに。

「彼女の目が他の男追っ掛けてる時の彼氏の寂しさを考えろってんですよ半兵衛さん」
「僕が女性の目を引く外見なのは僕のせいではないからどうにもできないねなまえさん」

 しれっと言って笑う竹中くんは、やっぱり文句の付けようがない美丈夫だ。それは認めよう。でも自分のスペックを正しく理解しちゃってるとこが腹立つ。
 それにしても視線が痛い。竹中くんとわたしで、女の人から向けられる視線の鋭さが全く違う。綿菓子と五寸釘くらい違う。無論わたしが五寸釘。くそぅ、泣きそうだ。

「大体ペアなら毛利くんとか長曽我部とか、なんなら豊臣所長でもよかったじゃんよ。何でわたし」
「君は僕が毛利くんや長曽我部くんと恋愛映画を見ている図を見たいのかい?あと秀吉は今日出張だよ」

 所長となら恋愛映画見てもいいのかお前は。喉元まで出掛かった突っ込みを飲み込んで、わたしはただ肩をすくめた。まあ確かに、男2人で恋愛映画の試写会にいる図はかなり侘しいものがある。

「それに、僕は君と来たかったから誘ったんだよ」
「あーはいはいそうで……は?」

 さらりと流された台詞に、ついわたしも流しそうになって……踏みとどまった。

「え、ごめん竹中くん今何て言った?」
「2度は言わないよ」

 くつくつと楽しそうに笑う彼は、さっさと歩いて行ってしまう。
 わたしと来たかった?それは深読みしてもいい台詞、なのだろうか。いやしかし、竹中くんは豊臣所長以外興味ない人だしなぁ。

「ちょ、っと、待ってよ竹中くん!」

 慌てて竹中くんを追いかけるわたしの頬は、ほんのちょっぴり熱い。
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