「……山田利吉」
「うん?どうしたんだい、なまえ」

 どうしたんだい、じゃねぇよ!!という思いを込めてわたしが繰り出した肘鉄は、身体を密着させたまま器用に避けられた。こういうことを如何にも簡単そうにこなす、そのそつのなさにまた苛立ちが募る。

「ああ、なまえは本当に可愛いなぁ。柔らかくって小さくて、まるで子供みたいだ」
「だぁぁああッ!!今すぐこの手をどけろこのバカ!!!!」

 正座をして本を読むわたしの背中にのしかかって、着物の衿もとを緩めようとしていた山田利吉の手をつねる。それでも朗らかに笑いながら私の身体をまさぐる山田利吉が、何とも言えず憎たらしい。
 わたしと山田利吉は、先日こう…何というか、思いが通じ合ったというか……とにかくまぁ俗に言う恋人同士というやつだ。しかしこういう関係を持つ前後で山田利吉のわたしへの態度と言えば、本当に一貫してただのセクハラ野郎なのである。

「とは言ってもねなまえ。愛する人に触れたいというのは人間として当然の思いじゃないかい」
「だからってわたしの着物の中に手を入れようとする理由がわからない。皆目わからない」
「服が邪魔だ」
「黙れこのエロ魔人」

 至極真面目な顔で言う山田利吉は、見た目だけなら立派な美丈夫だ。問題なのは中身なわけだけれど。人間見た目じゃない例の典型だと思う。
 考えれば考えるほど、こんな男の恋人であるという事実が悲しくなってきた。ぐすっと鼻を鳴らすと、自分が少し泣きそうなことに気付く。何で視界がこんなに潤んでんだ、ちくしょう。

「……なまえ?」

 訝しげにわたしの顔を覗き込んだ山田利吉が、にわかにぎょっとした顔になる。なんだよ、見んなよばか。

「どうしたんだなまえ、そんなに嫌だったんなら謝るから」

 泣かないで。
 蕩けそうな美声で囁く声に、より一層涙が零れた。何でこんなに泣いてるんだ、わたしは。よりにもよって山田利吉の前でとか。ばかかわたしは。ばかなのか。

「なまえ、なまえ。ごめんね、こっちを向いてくれ」

 言いながら山田利吉はわたしをぐるりと反転させて、親指でわたしの頬を拭った。
 ふぇぇ、と情けない声が漏れる。自分の立場が情けないと言うだけで、どうしてこんなに涙が出るのだろう。くそ、それもこれも。

「山田利吉のせいだ…!」

ずびび、と鼻を啜りながら言うと山田利吉はいっそう眉を下げてわたしを見た。何でそんな顔するんだ、お前は。
 だってわたしが泣いてるのは山田利吉のことが好きな自分が情けないからであって、わたしが山田利吉のことを好きでなければわたしは泣いていないのであって。

「ごめんねなまえ、泣き止んで。君が泣いていると私もつらいよ」

 ……と。山田利吉が言ったところでわたしはふと気付いた。もしかして、もとを正せばわたしは山田利吉のことが好きだから泣いているのか?もしかしなくてもそうなのか?
 …………なんてこった。それって実はものすごく。
 恥ずかしいじゃ、ないか。

「ッ、」

 気付いてしまったとたん、顔は火がついたように熱くなる。目の前で、山田利吉がきょとんとした顔をしていた。ちくしょう、見られている。恥ずかしい。
 あんまりに居たたまれなくって、わたしは思わず膝を抱えて顔面をうずめた。やばい、きっとしばらくは、山田利吉の顔をまともに見られない。
 なんだか山田利吉が慌てたように何か言っているが、今のわたしにその言葉は届かない。頭の中がぐるぐるして、もう何もわからなかった。恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。わたしの頭の中で、それだけがただひたすらに煮え滾る。

「山田利吉の、ばかやろう」

 わたしが言えたのはただ、それだけだった。それすらも涙声で震えに震えていて、伝わったものかなんてまるで分からなかったけれど。
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