甘いものって好きだなぁ。
団子をもぐもぐと咀嚼しながら、なまえが少しの幸せを滲ませて言う。私は茶を口に含んで、その小造りな横顔を見ていた。
深緑色の敷物を被った腰掛け、紫色の暖簾。旨い甘味を出すのだと噂の茶屋に、私は今なまえとふたりきりで来ている。浮ついた呼び名は好かないが、一般に言うところの逢い引きである。
なまえが団子の串を置き、まっすぐに私を見る。たったそれだけで、湯呑みを持つ指先が甘く痺れた。どうにも、私はなまえを好きすぎるきらいがある。そのことに少しの悔いもないが、やはり忍たまとしては喜ばれるべき特質ではない。
私が死ぬのであれば、その理由はなまえであってほしい。そう思う。
「仙蔵はどんな菓子が好き?」
なまえはまるで、じんわりと暖かさを滲ませるような風情で微笑んだ。存外甘やかなそれに、私はいつも溺れそうになる。むしろ、溺れてしまいたいとさえ思っていた。なまえの睫毛が落とす慎ましやかな影を、視線だけでそっとなぞる。
「菓子、か」
「そう、菓子」
呟いた私の声に、なまえの声が重なって落ちた。
私はそれに構わず、首を傾げて考え込む。甘味、というものは特別好きなわけではない。勧められて、或いは誘われて食う程度のものだった。その中で、どれが好きかと問われても。
「……強いて言うなら、団子か」
「団子?」
「草団子が割合に好きだ」
熟考の後に出した声は、やはりというか何というか、自信なさげに外気に溶けた。私の言葉を受けて、いそいそと私の皿に自分の分の団子を移すなまえをやんわりと制した。骨ばったなまえの手に重ねた自分の手は、存外に薄い。
「なまえは、何が好きなのだ?」
「菓子?」
「そうだ」
ふっと笑んだなまえの顔が、どうしようもなく好きだと思う。
考え込むように宙に目をやったなまえは、また団子を一口食べた。その甘さは、なまえに答えをもたらしたものかどうか。
「…そうだなぁ、どれも好きだけど、汁粉とかが特別好きかな」
だって、あれは幸せになるくらい甘ったるいんだもの。そう言って、なまえは本当に幸せそうに笑った。その眩しさに、私はつい目を細める。
「ああでも、あまり甘くない菓子も好きだよ」
例えば、学園長先生がたまにこっそり食べている高級なお茶菓子とか。
そう続けて一旦言葉を切ると、なまえは控えめに湯飲みに口をつけて、茶を啜った。
何故なまえが学園長先生秘蔵の高級茶菓子を食べたことがあるのかは解らない。大方、学園長のおつかいで買いに行ったときにくすねたか、1年は組の誰かがちょろまかしてきたものを口にしたか、だろうが。
「でもあれは、あんまり綺麗だからずっと見ていたくなってしまって。だからそう頻繁に食べたいものではないかな」
意匠を凝らした茶菓子を見て、なまえは何を思ったものか。見た目がどうであろうと、腹に入ってしまえば関係あるまいに。
知らず首が傾いでいた。それに合わせて、なまえがほんの少し首を傾げる。
「仙蔵は、綺麗な菓子は嫌い?」
「…いや、」
私がなまえに返すには珍しく、ひどく曖昧な応答だった。好きか嫌いかと言われると、どうにも答えづらかった。そもそも好きでも嫌いでもないものだ。単なる嗜好品であり、美しさには感服するが、私個人としては微塵の魅力も感じない。そういった程度の認識であった。
「好きでも嫌いでもない、というか…」
頭の中でぐるぐると煮え切らない答えを言葉にすると、それは酷く頼りない。隣でなまえがぱちくりと瞬いて、ただ私を見ていた。
「そっか。…でも、僕は好きだよ。仙蔵みたいで」
ふふっと、まるで内緒話でもするように笑うなまえを見遣る。左右均等に上がった口角が愛らしい。
なまえの指先が私の手に触れて、私の思考は固まった。かあっと顔が熱くなるのを感じて、私は内心で慌てた。まさかこの私が、生娘のような、こんな。
「綺麗で夢みたいで、食べたら甘いんだろうなぁって、そう思うよ。大事に食べたくなる」
目を細めるなまえは、平時と何ら変わらない様子でいて。きっとわかっていないのだ、自分がどれだけ甘い言葉を吐き出しているかなど。
どうしたの?と私の頬に触れてくるなまえの手のひらにすりよって、私は憮然として目を閉じた。顔はまだ、火を噴きそうなくらいに熱い。