伊作が幼児になったらしい。

 言葉にしてみれば笑ってしまうような意味不明さだが、残念ながらこれは事実だ。自分で作った秘薬を頭から被ってしまい、年齢がだいぶ、いやかなり後退してしまったのだという。
 しかも頭まで幼児化しているというのだから手に負えない。秘薬を作った本人が解毒法を解らないのだから、もう手の打ちようがない。
 学生であった数年前ならいざ知らず、今の伊作は立派なプロ忍者である。しかも、余所者は採用しないと有名なタソガレドキ忍軍に組頭の肝いりで就職したエリートである。
 それが、その伊作がまさか。

「それがこれだ」
「これだ、じゃねぇんだよ留三郎このやろう。私のとこに持ってくんなバカが」
「なまえちゃんっ!とめさんいじめちゃダメだよ!」
「伊作…!なんていい子なんだお前…!」
「ぐぇっ」
「おい留三郎抱き締めんな、早急に伊作を離せ。絞まってる伊作の首絞まってるから」

 私と留三郎の間で団子を頬張る幼児が、その善法寺伊作なのだ。いきなり手紙で峠の茶屋に呼びつけられたときには何事かと思ったが、それがまさか私に伊作のことを相談するためだったとは。

「仕方ねぇだろ、タソガレドキに押し付けられちまったんだから。大体お前今忍術学園の先生なんだから、生徒のついでに面倒見てやってくれよ」
「食満留三郎まじ押しに弱い。だからいつまで経ってもフリーの忍者なんだよさっさと就職しろ恥を知れ!」
「なっ、フリーだってプライド持ってやってんだぞ!それとその発言俺だけじゃなくあの利吉さんまで扱き下ろしてんだぞ気づいてるか!?」

 必死の表情で弁解する留三郎を見ながら、私はずずずと茶を啜った。この茶屋の饅頭美味いんだけど口の中パサパサになる。

「で、どうすんの?伊作預かればいいの?」
「ああ。俺も明日から長期の仕事入ってるから、そうしてくれると嬉しい」

 あとこれ、と渡されたのは、陶器で出来た小さな入れ物だった。瓶のような形状のそれには液体が入っているらしく、揺らせばちゃぷちゃぷと音が確認できた。

「なにこれ」
「伊作が作った秘薬の残り。新野先生に渡して調べてもらってくれ」

 なるほど。確かに新野先生くらいの医者なら解毒法も究明できるだろう。私は陶器を懐にしまいこんだ。

「気を付けろよ、そのくらいの量でも被ったら皮膚から吸収されて伊作と同じくらいになるから。ちなみに数滴でも何歳かは若返るとか」
「何その魅惑のアンチエイジング。伊作マジ天才なんじゃね?」
「使うなよお前…。ああそれと、もし伊作がもとに戻った場合、速やかにタソガレドキに返却しなさいってあっちの組頭が」
「…留三郎お前、そんな都合いいこと言われて普通に引き受けたのか」
「し、仕方ねぇだろ!フリーの忍者が『できません』なんて言ったら評判落ちる!」

 致命的なんだからな!と必死に訴える留三郎を死んだ目で見つめる。
 何それタソガレドキ忍軍勝手すぎる。多分子守りめんどくさかったんだ絶対そうだ。留三郎もハイハイって押し付けられてんじゃねぇよ。断れよ。
 私が心中で悪態をついていると、留三郎はそれじゃあ、と言って立ち上がった。

「行くのか」
「ああ、仕事の準備もあるしな」
「とめさんかえるの?待ってぼくまだ食べてない!」
「伊作はゆっくり食ってろ。あとはなまえがいいようにしてくれっからな」

 留三郎に置いていかれまいと急いで団子を消費しだす伊作に、留三郎がふっと笑い掛けた。この男、子供に対するときだけやたら男前である。食満留三郎マジ稚児趣味。
 食満の手が伊作の頭を撫でると、伊作の顔がくしゃりと歪んだ。そのまま瞳が一気に潤んできて、結果見事な泣き顔が完成した。

「とめさん、ぼくを置いてくの…?」

 伊作の小さな手が留三郎の袖を掴む。伊作の反応に、留三郎が困ったように頬を掻いた。

「いや…あのな、伊作。俺は明日からちょっと仕事でな?仕事終わったらほら、迎えにいくから!」
「やだっ!ぼくもおしごと行く!」

 伊作に泣きつかれて、留三郎が困ったように私を見た。子供には強く出られないところは、昔から変わっていないらしい。
 仕方ない、ここはなまえさんが一肌脱いでやろうじゃないか。

「ほら伊作!留三郎が困ってるだろ!大人しくしなさい!」

 留三郎から引き剥がすように伊作を後ろから抱き上げると、伊作は火が着いたように泣き出した。擬音で表現するならば、うびゃあぁあぁぁ、だ。

「やだぁぁぁあ!とめさんと行くのー!なまえちゃんのばかぁぁああ!」
「誰が馬鹿だこの万年不運ゴルァ!!…ってか留三郎見てんじゃねーよ早く行けよ!出来るだけ遠くに!地平線の彼方まで!」
「そこまでは行かねぇよ!?ちょっと近くの合戦偵察に行くだけだからな!?」
「うっせぇグダグダ言うな!いいからさっさと行、おごっ」

 留三郎の言葉に青筋をたてて返した瞬間。暴れる伊作の頭が仰け反った。その伊作の後頭部は見事に鼻筋をとらえて、…結果、私は見事に転倒したのである。

「いぎっ」
「っ、おい大丈夫かなまえ!?」
「うぇっ、く、なまえちゃ、うわぁぁああぁん」

 泡を食った留三郎が倒れた私を抱き起こして、私がクッションになったためそう衝撃を受けなかったらしい伊作がまた泣き出した。

「いやいやいや、平気だから。…あっでもなんか、懐が気持ち悪い」

 なんだこれ、なんか胸のあたりが濡れて……濡れて?
 ばっと顔をあげると、青ざめた留三郎と目があった。

「…やばい」

 驚くほど短い感想を述べて、私の意識は闇に放り出された。



 ***



「おにーさんどしたの?泣いたらめーよ」
「ねーねーとめさん、なまえちゃん小さくなったよ?どうして?」

 頭を抱える俺の顔を、小さくなった伊作となまえが覗きこんできた。…うん、倒れた拍子に懐に入れた秘薬の瓶が割れちまったんだな。それは仕方ない。

「どっかいたいの?なまえがとんでけーしたげる!」
「…いや、いいんだ…大丈夫、どこも痛くないぞ……。ただ、これからどうしたらいいか分からねぇだけで」
「とめさん元気出して!お団子たべる?」

 口々に慰めてくれる2人の頭を撫でると、2人とも誇らしげに笑う。かわいい。
 …いや、苦悩の種がこいつらだってことは分かってるんだが。やっぱかわいいもんはかわいい。

「…うん、とりあえず俺と忍術学園行こうな…」

 2人の手をとって立ち上がると、伊作となまえはとても嬉しそうに笑った。
 俺の背中に、言い知れぬ哀愁が漂っていたのは言うまでもない。




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