(四次に衛宮の協力者として参加した狙撃手の五次直前)


「この教会はとてもきちんとしているのですね」
「…普通だと思うが」

 冬木教会の狭い告解室で、漆塗りの木の壁に反響する自らの声を聞きながら、なまえは笑った。告解室では懺悔をする信者は跪く習いなのだろうが、彼女は壁に背中を預けて立っている。格子で仕切られた空間の向こうにいる神父は、それに気付いているだろうになまえを咎めようともしない。
 格子の目にはヨーロピアンガラス。よって格子の向こうの景色は、色でしか識別できない。それでなくてもなまえのいる告解室の中は暗く、神父の居る聖堂は明るい。逆光で、神父は影としてしかとらえることは出来なかった。

「私の生まれ育った土地では、教会と言えば売春宿も同義でした」

 遠く海の向こうの、スラムとも言うべき自らの故郷を思い浮かべながらなまえは言う。ああ、許されぬことだ、許しがたい堕落だ。神父はそう言ったが、その声には隠しきれない悦が滲んでいる。神に仕える身でありながら、貴方の方がよほど許しがたい。声の調子で相手が笑っていることに気付いたなまえは、出かかった言葉を喉奥ですりつぶして壁から身を離した。そうしてやっと、格子に向かって跪く。なまえは特に信仰している宗教というものはないので、これは単なるポーズに他ならない。郷に入っては郷に従え。懺悔をするときは跪くべきだ。それが告白する者のあるべき姿である。

「私は罪を犯しました。私の手は血に塗れております。こんな私でも神はお許しくださいますか」

 暗い告解室に、沈黙が下りた。なまえは特に、答えを求めてそんなことを言ったわけではなかった。ただ、懺悔することなどこれ以外に思いつかなかったのである。今までにしてきたことがしてはいけないことだと認識した事はない。それは必要悪である。なまえがやらなければ他の誰かが為す行為だっただろう。しかしそれは、世間一般でいう倫理には反する行為だった。罪と言えば罪である。許されようなどとは、微塵も思いはしなかったが。

「それを悔いているのか」

 神父の短い質問に、なまえはいいえと答えた。全く困った告解者だと、なまえは自嘲した。自分でも何故こうして告解室に入ってきたものだろうかと不思議に思っているのだ。
 硝子越しに相手が笑う気配を感じて、なまえは顔を上げた。格子を見たところで、格子で細々に仕切られた黒しか見えなかった。狭い空間に、嘲るような神父の声が響く。

「ならば許される必要などないではないか」

 なまえは些か驚いて、ぱちくりとその大きな目を瞬かせた。こんなことを言う聖職者は初めてだったのだ。この神父にはこんな立派な教会よりも、記憶の中のあの肉欲に吐瀉物をぶち込んだような最低な教会がお似合いだと感じた。

「悔いのないものは許されないと?」

 くっ、と絶望を混ぜ込んだ笑みが浮かぶのを感じながら、なまえは問う。神父の答えは返ってこない。代わりに、格子の向こうの相手が硝子から離れるのが見えた。これ以上話す価値は無いか、あるいは冷やかしとでも見做されたのだろう。なまえはしばらく、跪いた体勢でぼんやりと格子の向こうを見ていた。神父が戻ってくることを期待したのではなく、単に狭い告解室の居心地が存外に良かったのである。狭くて暗い所は妙に落ち着いた。敵に狙われる確率が極端に低いからである。現代日本でそんな警戒をする必要はない事は分かっていたが、長い間染みついた習慣はそうそう抜けるものではない。
 しばらくそうしたままでいたが、やがてなまえはすっくと立ち上がり告解室を出た。カーテンの先の聖堂の明るさに、目が眩む。緩慢に痛む目をこすってから再び目を開けると、信者席に座るカソック姿が目に入る。

「久しいな、狙撃手」

 にまりと笑ったその顔には見覚えがあった。昨年、なまえはその神父と会った事がある。

「……言峰、綺礼」

 我知らず、なまえの顔が歪む。それがなまえにとって臨んだ邂逅でない事は、傍目にも明らかだった。そして、先ほど告解室で聞いた神父の声と綺礼の声が同一であることも、また明らかである。

「貴方がまだこの地にいたとは思いませんでした。聖堂教会に帰化したものとばかり」

 そう言って足早に去ろうとしたなまえの前に、綺礼が立ちはだかる。一体いつ信者席から立ち上がったものか。いっそう顔を顰めたなまえを見て、綺礼はまた愉快そうに笑う。

「亡父の後を継いで、私が聖杯戦争の監督役を任じられたからな。聞いたか?前回の聖杯は不完全なまま破壊されたために、次の聖杯戦争は10年と待たずに開かれる」
「私の知ったことではありません。これ以上私が聖杯戦争に関わることも無いでしょう」

 綺礼の脇を擦り抜けて聖堂から出ていこうとするなまえを、綺礼は止めない。ただ弦月のかたちに歪められた彼の口許が、なまえには耐えられないほど不快だった。

「神のご加護を」

 聖堂を出るときに綺礼に掛けられた言葉に吐き気がして、なまえは急いで彼と自分を隔てるべき扉を閉めた。

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