※現パロ




 潮江はきっと、女の子が嫌いなのだと思う。だって人相の悪さと老け顔を差し引いても整った容貌なのに、女の子を寄せ付けないのだ。クリスマスは正しい作法にのっとって家族と過ごすし。バレンタインなんて、女の子たちが渡してくるチョコレートを片っ端から断りまくるし。告白されたって絶対にOKはしないし。
 あいつはただ貞操観念が強いだけだろう、というのは立花の言。理想が高い、という意味だったのだろうか。しかし立花ほどでなくとも、潮江に与えられた女の子の選択肢は多い。よりどりみどりだ。いくら理想が高くたって、お眼鏡にかなう美女の一人や二人いたはずである。だからきっと、潮江は女の子が嫌いに違いない。





「だからって自分が女の子だってことを否定するのは良くないよ」
 オキシドールを染み込ませた脱脂綿を私の膝に押しあてながら、善法寺は溜息をついた。濡れた感触が、血の滲む膝小僧にしみる。昼休み、七松のバレーボールに付き合っていたら転んでしまったのだ。食満によく死ななかったなお前!と泣かれたけど、七松だって相手によって手加減くらいする。人の話は聞けないが思いやりはある奴なのである。
 そんなことを言う善法寺だって、応急セットを持ち歩いている辺りで随分世間一般の男子とは駆け離れていると思うのだけれど。いくら医学科だからってそれはない。応急セット以外に持ち歩くべき何かがもっと他にあると思う。
「もう年頃なんだし、お洒落とかにも興味持ってみたら?」
「やだよ、そんなことしたら潮江に嫌われる」
「そんなことないと思うけどなぁ」
 大好きな潮江に嫌われないように、そんなに頭の良くない私が考えた方法は単純だった。
つまり、女の子でなくなれば良いのだ。
 流石に性転換なんかをする勇気は無いにしても、身なりや持ち物から女の子らしさを消し去ることは出来る。ひらひらした服やスカートなんかを全部捨てて、大好きなぬいぐるみたちは段ボールに詰めて封印して、食満や七松みたいな挙動を心掛けて。今では立花や善法寺の方が女らしいくらいだ。
「そんなに外側を塗り固めたって、いつかは綻びてしまうんだよ」
 大きめの絆創膏を貼り付けながらの善法寺の言葉に、私は小さく顔をしかめた。
 そんなことは解っている。わかっているのだ。





 七松がいきなり発した、「皆で宅飲みしよう!」という発言に満場一致で乗っかってしまうあたり。みんな男の子だなぁと思う。だって今日は水曜日だ。言い出しっぺの七松なんか明日は一限からあるらしいのに。計画性がないというかなんというか。七松らしい。
 午前中だけで授業を終えた私は、同じく昼で放課だという潮江とともに買い出しを任されていた。料理は中在家が作るそうなので、惣菜コーナーは無視して生鮮食品を漁る。
「意外だなぁ、潮江はびっちり講義入れてると思ってたのに」
「単位が足りているからな。興味のない講義を受けるほど暇じゃない」
「飲み会参加できる暇はあるのに?」
「揚げ足を取るなバカタレ」
 盛大に顔を顰めた潮江を笑ってやった。しかしまぁ、実をいうと潮江とこうして二人きりで行動するのは初めてだ。緊張する。後ろで組んだ両手は恐ろしいほど汗だくで震えていた。
「何か飲みたいもんあるか」
「ビールあればいいよ」
「お前いつもビールだな。好きなのか」
「いや、嫌いだけど。不味いじゃん、ビール」
 私の返答に、隣でカートを押す潮江が怪訝そうな顔をする。まあ私も自分で言ってて変だとは思ったけど。
 本当はカクテルとかチューハイとか、そういう甘いのが好きだけど。潮江の前でそんなの飲めるわけないじゃないか。だってそれじゃあ、あまりに女の子だ。潮江の前でそんな失態を犯すくらいなら、たまに善法寺のチューハイを貰うだけでいい。
「チーズはお徳用で良いよね。…あ、でも立花がうるさそうだなぁ」
「あいつも他になければ諦めるだろう」
「あ、そんなもん?」
「そんなもんだな」
「そっか。……あ」
 ふと、目の端を甘味コーナーが掠めた。ああ、最近暑いしあんみつとか、食べたいなぁ。でも甘いものって、ああでも、みんなに買っていけば目立たないかな。いやいや、そういえば食満ってそういうのあんまり好きじゃないんだっけ。でもやっぱ食べたい。
「……どれだ?」
「え?」
「プリンかゼリーか、……あんみつなんかもあるな」
「え、いやあの、潮江?」
「なんだ、喰いたいんだろ」
 物欲しそうに見やがって、と潮江が私の方を見る。物欲しそうな顔なんか、してただろうか。いやでも、そんなことをしてしまったというのは由々しき事態だ。
「いっ、いいって!!ただほら、甥っ子に買っていったら喜ぶかなって!」
「お前一人っ子だろ。兄弟のいない奴に甥っ子はいない」
「っ間違えた!はとこ!!」
「……あのな、」
ぐいっと、潮江の手が私の前髪を掻き上げた。見上げた潮江の顔はやっぱりかっこいい。よく見たら左右で目のかたち違うんだな、とか、その隈消えるのかな、とか。私の脳は明後日の方向に現実逃避を始める。つまりその、なんだ。
 恥ずかしい。
「喰いたいなら喰いたいって言ってもいいんだぞ」
 我慢すんな、と。潮江の手は、軽く私の額を押して離れていった。幸いなことに、上がりまくった顔面の体温には気が付かなかったらしい。
「……あ、あんみつでお願いします」
「よし」
 無造作に放り込まれたあんみつを拾い上げた。冷たくて気持ちがいい。



「これで全部か?」
「んー…あとはない、かな」
 案外早く一杯になったカゴを見遣る。人数も多いし、もう少し買っておくべきだろうか。しかし明日も平日だし、そう本格的には飲まないだろうし。何より足りなければ誰かをコンビニに走らせればいい。とりあえずはこのくらいで良いか。
「なぁなまえ」
「んぅ?」
 とっさに出た声に自分でも吃驚した。存外に高くて可愛らしかったのだ。意図していなかったとはいえ、そこには微かな媚も含まれていた、ように思う。これじゃ、これじゃぁまるで。
 女の子じゃないか、私。
「…あ、いや。長次の分のウィスキーを忘れてないかと……」
 ああ、ああ、確かに忘れていたとも!だからって女の子みたいな声を出してしまった免罪符にはならないのだ。
ちくしょう中在家、なんでお前はそんなもの飲むんだ!ロシア人かお前は!!日本人なら日本人らしく、アルコール度数の低い酒飲んどけ!!
 訳のわからない文句が、頭の中に浮かんで消える。落ち着かなげな潮江の声に、サーッと血の下がる音を聞いた。
「……え、と」
「?」
「えと、あの……っ、ごめんっ!!」
「あっ……!?おい、なまえ!?」
 踵を返して走り出すと、慌てたような潮江の声が聞こえた。でも、足は止まらない。止めることなんて出来ない。
 いつかは綻びてしまうんだよ。善法寺の声が脳裏をよぎる。解ってる、分かってるんだよ善法寺。私が、嘘をつき続けられるほど賢くないってことくらい。
 動揺でくずおれそうな足を叱咤して、スーパーから飛び出た。弾丸みたい。笑ってしまうくらい歪ではあったけれど。
「っ、なまえ!!」
 路地に入ろうと建物の角を曲がったところで、私の歪んだ逃走劇は終幕を迎えた。追いかけてきた潮江の右手が、逃げ遅れた私の左手首を掴んだのだ。そのままぐっと引っ張られて、私は潮江と向き合う形になる。
「……いきなりどうしたんだよ」
「っ、」
 私は答えられずに、ただ潮江に掴まれた左腕に視線を落とした。だってそんな、潮江本人に言えるようなことではないのだ。取り繕って接していただなんて、きっと怒られて嫌われてしまう。ああ、どうして逃げ出したりしたのだろう。笑って誤魔化せば、無かったことに出来たかもしれないのに。
 私の手は、潮江のよりずっと小さい。こんなもので、綻んでしまった何かを繕えるだろうか。潮江の手は大きくて、私と同じように震えて、……
「……ん?震えてる?」
 つい出てしまった声に反応したのか、潮江がばっと手を放した。見上げた顔は、逆光で分かりにくいけど何だか赤い、気がする。
「…え、」
「こっ、これはだな!お前がいきなり女みたいな声出すからっ、いやもともと女だが、……あああぁっ、くそっ!!」
 がしがしと頭を掻いた潮江が、私の両肩をがしりと掴む。潮江と同じように、私の顔も真っ赤なのだろうと思った。潮江の口が、何かを決心したように開く。
「好きだ!!」
 え、ええぇぇぇ。
なんだ、それ。










「おおぉぉ!とうとう言ったぞ!見たか仙ちゃん!!」
「ああ見たとも。今日の酒の肴は決まったな」
「……伊作が…いない……」
「ああ、伊作なら講義サボって帰ろうとしたところを教授に見つかったってメール来てたぞ」
「まぁ予想していたことではあったな。……さて、告白も終わったことだし文次郎が放っていったカートの精算でもするか」





 2011.06.07.

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