儚き花の行方
思わぬ客とエリックの思惑



場所は変わってウエストミンスター地区。そこでアバーライン警部とシャープは道行く人に聞きこみを行うもののなかなか情報がつかめず、難航しているようだった。
そして、アランもその場に向うもなかなかエリックの姿を見つける事が出来ず歯がゆい思いをしていた。アランとは別の場所を探すウィンもなかなかエリックが見つからず、不安を表に出しながらエリックの気配を探っていた。

一方エリックは街を見ながら歩いている所に、異様な雰囲気を持った人物を見つけ興味深く眺めていた。その男性は、目深に帽子をかぶり長いコートを羽織った出で立ちで何やら怪しい雰囲気を醸し出していた。
その男性は一枚のハンカチを取り出し道端で談笑している婦人二人の元へと歩み寄り、一人の女性へと香りを嗅がせる。するとその女性は糸が切れた人形のように意識が失われ、男性の腕の中へと倒れた。その様子を見たもうひとりの女性は通りに響くほどの甲高い悲鳴を上げたのであった。


その悲鳴を聞きつけたシエルはその方向を見つめてセバスチャンに対しエリックを追うように指示を出すものの、セバスチャンは動こうとしなかった。その様子にシエルは訝しげな視線を後ろの執事へと向けた。

「悲鳴だ!セバスチャン、早く死神エリックを追え!…何をしている?」
「…おかしいですね」
「どうした?」
「お忘れになりましたか、坊ちゃん。葬儀屋の言った事を」
「葬儀屋?確かアイツは、被害者は苦しまず死んだ事すら気付かず、と……っ!?」
「そう、被害者たちは全て眠るように安らかな表情を浮かべて死んでいた……」

セバスチャンの言葉に今の悲鳴がエリックの仕業ではないことがわかり、シエルはこの悲鳴の元凶はいったい誰だとセバスチャンに問い掛ける。その答えを知っているかのようにセバスチャンは自分の推理をシエルへと話し始めた。

「では‥…」
「このような叫び声が上がるということは、犯人は……一人」
「あの、変態子爵か……」


場所は変わってとある豪邸の広間。先ほどの悲鳴を響かせた婦人二人が後ろ手に手を拘束された状態で恐怖に涙を流していた。
そこに、何とも派手な衣装を身に纏った若者が優雅に階段を下りてきた。その様子に婦人二人は恐怖に声を上げ震え、身を寄せ合っていた。

「美とはっ…薄情かつ、罪なもの……しかし君たちは幸福だ。美の殉教者である私に選ばれ、そして美の名のもとにその身を投げ出す事が出来るのだから……」
「「いやぁぁーー!わぁぁぁーーん!」」

若者の優しげながらもどこか抗えぬ雰囲気に女性たちは堰を切ったかのように泣きじゃくり声を上げた。その声に若者は笑顔ではあるものの苛立ちを露わにし、手に鞭を持ち二人へと歩み寄って行った。

「おやおや、いけないよ雛鳥。そんなに泣いては」
「げほっ…うぇぇ…けほけほ……」
「そう、そんな……無様な鳴き声を晒すなぁ!!」
「きゃぁぁ!!」
「もっと鳴いて見ろ、雛鳥らしく。はい!」
「っ…ぇ…ぁ?」
「はやくっ!!」
「ぴ、ぴよぴよ!!」

若者の剣幕に恐ろしさを感じ婦人たちは恐怖で思考がうまく動かない中、何とか絞り出した鳴き声を若者に聞かせた。その声を聴いた若者は自分の希望通りでは無かったのか苛立つように鞭を鳴らして違うと言い放つ。

「ちがーう!雛鳥といったらチュンチュンだろ!はいっ!」
「ちゅ、チュンチュン!」
「違う!違う違う違う!!もっとこう、可愛らしくさぁ…はい!」
「ち、チュンチュン。チュンチュン!」

その婦人たちの声を聴いてようやく満足したのか、若者は笑い声を広間に響かせて満足そうにその余韻に浸っていた。そして、その声に対する賛美を流れる小川の様に口から紡ぎだしていた。

「あはは、何と愛らしい。そのさえずりはまるで天上の音楽。この指で、その白い首筋を締め上げるときもさぞいい声で啼くだろう」

この若者の名前はドルイット。爵位は子爵という金持ちのお坊ちゃまであり、変わった趣味を持っている青年である。その変わった趣味というのは美しい物を集めてしまうものであり、美しければ死体すらも集めてしまう人物である。
そんなドルイットの屋敷にエリックが訪れ、軽く挑発するかのように言葉を掛ける。その言葉を掛けられたドルイットは女性にさえずるように促すために響かせていた鞭の音を止め、エリックを見つめた。

「さぁ、可愛くさえずっておくれ?さ、ひーなどり。ひーなどり、ひーなどりっ!」
「…とんだ、極悪人がいたもんだな」
「…君は?」
「あ〜ぁ、可哀想に。レディをこんなに怯えさせるもんじゃない」

現れたエリックに婦人二人は助けが来たと思い縋るように駆け寄り助けてくれというものの、エリックは死神の鎌を取り出して二人を見つめた。そして、二人を縛っていた縄を切り逃がしてやった。女性二人に駆け寄ろうとするドルイットを死神の鎌を首筋に当て引き留めた。
しかし、婦人たちはドルイットに捕まってしまいエリックの元へとフラフラ歩み寄ってきた。そんな二人にエリックは声を震わせて切なさを滲ませながら声を掛けてから死神の鎌を振り切った。
その死神の鎌の斬撃を受け、婦人二人は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。その様子を見てドルイットはエリックの持つ死神の鎌を指差し、驚き信じられないように手を伸ばした。

「安心しろ、大丈夫。苦しまず、痛みを与えずに殺してやるから」
「っ……」
「まさか、君が本物の…連続殺人犯?なんと、死んでいるのか?刃で切り裂いたにも関わらず、血を一滴も散らさずに。この陶磁のような白い肌は死してなお輝きを増している!
あぁ、まさかこんなことが…私はこれまで絞り出すように叫ぶ小鳥たちの最後こそ、至上の美としていたっ!」

ドルイットから紡がれるその言葉にエリックは不快感をあらわにする様に眉間へと皺を刻み込みドルイットにばれないように溜息を付き未だ紡がれ続ける言葉を右から左へと受け流していた。

「はっ…あははっ…!だが、見よ!清らかなる一瞬を永遠に閉じ込め、可憐なリボンでラッピングしたかのようなこの愛らしい死に顔…君は一体何者だ!?」
「…………」
「このような究極の死の芸術作品を作り上げるきっと、名のある方に違いない……」

ドルイットの態度とその賞賛の嵐にエリックは呆れ、そしてうんざりしたように顔を背けその場から立ち去ろうとする矢先、そのドルイットの屋敷に見慣れた黒いスーツが現れた。そして、その人物はエリックの名を呼びその場に広がる惨状を目の当たりにし悲しそうに表情を歪めた。

「エリック!!」
「アラン!?」
「…え、なに?友達かい?」
「あぁ…惨い…なぜこんな事をしているんだ!」
「っ…く…」
「女性の魂を集めて何になると…もしかして…お前は…」

アランの登場に空気の読めていない問い掛けをエリックに掛けるドルイット。そのドルイットを無視するかのようにエリックは言葉を発する事が出来なかった。エリックが魂を狩る理由、それはアランに話してしまっては意味のないことだったからだ。
アランからの追及を逃れるように走り去ろうとするエリック。しかし、アランはそれを許さなかった。鋭く名前を呼びエリックを立ち止まらせる。エリックは立ち止まり絞り出すかのようにアランへと言葉を掛ける。

「エリック!!」
「魂が集め終われば全て分かるっ!」
「だめだ、答えろ!!」

アランはエリックへと歩み寄り自分の死神の鎌を構えながらもエリックを見据え言葉を投げかける。その言葉は誠実であり、エリックの事を信頼している証でもあった。
そのアランの姿勢にエリックは振り返りアランを見据える。アランは自分の死神の鎌を唸らせエリックへと斬り掛かっていった。

「俺は…このままでは終われない…。君の口から、真実を聞くまでは!!」
「っ、アラン!」

アランの攻撃をかわし距離をとるエリック。アランは怯むことなくエリックへと次々に斬り掛かっていくも、受け止めかわされてしまう。そんな二人の様子をドルイットは呑気に眺め感心したような表情を浮かべているのみだった。
しばらく交戦は続き、つばぜり合いをしている所で再びアランに死の毒の発作が襲いかかった。苦しさに咳き込むアランにエリックは死神の鎌を弾き、アランを突き飛ばした。
そして、普段の挑発するような、しかし悲しみを含んだ口調をアランへと向ける。

「っ……かはっ!ぁっ…」
「っ……弱くなったもんだなぁ。死の棘か……」

アランから視線を逸らし苦しむ姿を見たくないという態度を表すエリックに対し、何も知らないドルイットは瞳をキラキラさせてエリックの傍へと歩み寄った。そのうっとおしさにエリックは表情を歪めるも追い払えず無視を決め込み、ドルイットの屋敷を去って行った。

「おぉ〜、素晴らしい!!怪しい香り漂う死の芸術家よ。私は、君にどこまでも付いて行こう」
「エリック!!っ…ぁぐっ…」
「ちょ、ちょっと待ってよ!え、エリック君だっけ?」

ドルイットはエリックにゾッコンになってしまったのかテンションが先ほどよりも高く、無断で付いて行くことを決め後を追って行ってしまった。
その場には、死の棘で苦しむアランのみが残されたのであった。

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