音楽室から、ピアノを奏でる音がする。
それも、とても静かで切ない音色。
―――放課後に、誰だろう。
西日が差し込む廊下に、ピアノの音色がロマンチックに響く。
普段だったら、極力目立たないように生きている私は絶対にこんなことはしないだろう。ロマンチックな気分と、誰が演奏しているのか知りたいという衝動が、私に音楽室の扉をゆっくりと開けさせた。
音の主は、先週うちのクラスに転校てきたばかりの坂田銀時。
私はその事実にいささか驚いていた。彼は何か他とは違っていて、奇抜な銀髪も目立つ、いわゆる“馴染めない転校生”だったのだ。
彼は私の存在に気づいていないらしく、演奏は続いている。私はしばらく音楽室の隅で聴いていることにした。
オレンジ色の光が窓から差し込んで来て、黒いピアノと彼を包み込む。最初はあんなに異質だと感じたパーマがかった銀髪も、初めからこうあるべきだったかのように美しかった。
しばらくして、彼の演奏が静かに終わる。
音楽室に私の拍手だけが響いた。
『上手だね、坂田君!
ピアノ好きなの?』
「お前………」
坂田銀時は、最初は驚いたように、次は怪訝そうに顔をしかめた。
「…好きじゃねーよ、こんなもん」
『うそ。好きじゃなかったらあんな演奏しないもん。そうでしょ?』
彼は鬱陶しそうに立ち上がると、音楽室から出ていこうとした。
『待って坂田君』
思わず呼び止めると、向こうも素直に止まって振り向いた。こちらが何か言い出すのを待っている。
『えっと…、他の曲も聴かせてくれない?』
「その“坂田君”っての、やめよーぜ」
『は?』
「俺、昔っから銀時って呼ばれててよ。坂田って、どうしても馴れねェんだ」
脈絡のない言葉に困惑する私を見て、坂田銀時は初めて笑った。
「そしたら弾いてやるよ、ピアノ。
いくらでもお前の為に」
君が笑ったら、世界は輝いた。
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