別に池袋駅前に集合とかそんな約束をしたわけじゃない。むしろ休日のこんないい天気の日にこんな奴らと会いたがる奴のほうがどうかしている。
新羅は深いため息をついた。
「…で、何で君たちはここにいるの?」
「奇遇だね新羅。会いたかったよ」
「…僕は会いたくなかった」
池袋駅前で新羅がばったり、本当にばったり会ったのは臨也と静雄。街中で一番会いたくない組み合わせだ。
「どうせまた街中でダイナミック鬼ごっこしてここまで来たんでしょ」
「だから偶然だって。ね、静ちゃん」
「うぜえしゃべりかけんな!!」
「わー…こう機嫌悪い静雄とは絶対会いたくないって日頃から思ってるのに、なんで臨也、君って奴は連れてきちゃうかなー…」
何が楽しくて休日にこいつらの喧嘩にまきこまれなくちゃならないんだ、と内心毒づく新羅。臨也はいつものようにニヤニヤとうざったい笑顔を浮かべているし、静雄は青筋をたててそばにあるガードレールを引っこ抜くのを堪えているようだ。まさに一種即発。今の自分の状況を冷静に考えると相当やばい状況に自分がいることに新羅は気がついた。
ーこれは早々に立ち去った方がよさそうだな。
心の中でそう呟いて、新羅は二人に言った。
「じゃ、僕はこれで失礼するよ。急ぎの用事があってね、それじゃ、」
「お前らこんなとこで何やってんだ?」
新羅が別れを言おうとしたら背後から聞こえてきた声。聞き覚えのある、というか聞き慣れた声に新羅は振り向く。
「ドタチンじゃん。久しぶりじゃない?」
声を上げたのは臨也で、三人が一斉に振り向いたところに立っていたのは門田だった。
「ああ、臨也じゃねえか。久しぶりだな」
「門田、久しぶりだな」
「静雄ともここ最近なかなか会わなかったな。それと新羅じゃねえか。お前も久々に見た気がするぜ」
「ああ…うん…そうだね…」
いつもは頼りになる門田のこのタイミングの良さがうらめしい。新羅は自分の運の悪さを呪った。門田が来たことによって静雄の機嫌は多少直ったが、いつ臨也が余計なことを言って静雄を怒らせるか分からない。静雄の機嫌が悪いとかではなく(もちろん静雄はキレやすいので機嫌がまったく関係ないとは言えないが)、この二人が同じ場所にいるということ自体が危険なのだ。
だから早く去りたかったのに、と新羅は深いため息をつく。なんだか同窓会みたいな空気になっている。
するとそのとき聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「まただめかー……よし、次行こうぜ次!」
「もうやめなよ。どんだけ失敗例増やす気なの?」
「失敗例とか言うなよ!帝人は相変わらずひどいよなー。なあ杏里?」
「でも今日はもうやめといた方が…」
「杏里までひどい!!」
「紀田くんうざい」
そんな会話をしながらこちらに向かって歩いてくる制服を着た男女三人組。新羅はその中の女の子に声をかけた。
「やあ杏里ちゃん」
「あっ岸谷先生」
新羅に気がついた杏里はお久しぶりです、とペコリと頭を下げた。
「それと帝人くんと正臣くんも」
「こんにちは」
「お久しぶりっす。それと臨也さん、静雄さん…、もこんちわっす。珍しいですね、みなさんがお揃いって」
正臣は一瞬臨也と静雄が一緒の場にいるということに驚いたような表情を見せたが、すぐに表情を戻し自分のOBに向き直った。
「たまたまだ」
「へえ、すごい偶然っすね」
「別に僕はこんな偶然いらないんだけどね…」
はあ、と疲れたように今日何度目になるか分からないため息を新羅はついた。
「みなさん、来神のOBですよね」
「そういう君たちは来良生だよね」
「あ、じゃあ…みなさん先輩なんですか…?」
多少面識があってもこの場にいる四人全員が自分の先輩とは知らなかった杏里が少しびっくりしたように言う。
「そうだよーでも静ちゃんみたいなのが先輩なんて認めたくないよねー」
「てめえ臨也…喧嘩売ってんのか?ああ?」
「そうだけど?」
臨也のニヤニヤとした笑みに静雄は殺す!と叫んだ。
「ちょっと臨也、君何挑発してるんだよ!」
「静雄やめろ、駅前だぞ」
「やっべえ…」
新羅は泣きそうになりながら叫び、門田は呆れたようにため息をつく。正臣と帝人は周囲の空気に一気に青ざめる。しかし静雄はそんなことお構い無しに、
「臨也てめえ一遍死ね!!」
当然のように標識を道路から引っこ抜く静雄。臨也はニヤリと笑って走り出した。それを追いかける静雄を見て門田は頭をかかえてため息をついた。
新羅は杏里と共に二人から十分離れるとかぶりを振って言った。
「まったく頭が痛いよ…あの二人ところ構わず喧嘩して。ごめんね杏里ちゃん、こんなのが君の先輩なんかで」
「いえ…みなさんすごく楽しそうです」
「楽しそう…?なんでそんな微笑ましい光景でも見るかのような顔をできるのか不思議で仕方ないんだけど」
杏里の言葉に苦笑いしながら新羅は答える。
「楽しそうというより静雄さんと臨也さんの喧嘩が当たり前みたいで…これが昔から続いているような…」
「まあ腐れ縁ではあるけどさ…」
「うらやましいです」
「うらやましい?」
「だってそんな人が周りにいるなんて素敵じゃないですか」
杏里は少し寂しげに小さく笑う。そんな杏里に新羅は言った。
「それは帝人くんと正臣くんが可哀想じゃない?」
「…え…?」
「彼らが君の側にいるってのに君は僕らをうらやましがるのかい?」
「…そうですね」
杏里はフッと目を閉じ、そして微笑んだ。
「二人がいるのに私、贅沢ですね」
青春だねえと、新羅は大きく息を吐き出しながらそう呟いた。
泣けるくらい青い瞳の僕らは