(オズ視点)(女の子オズ) * オレは走るのが遅いと思ったことはない。運動は苦手じゃないし。それでも、ギルみたいな大きな男の人に追い掛けられると捕まるのは仕方のないことだろう。 背後に感じるギルの気配にどうせ逃げてても捕まるんなら、と足を止めた。すぐに荒い息遣いと腕を取られる感覚。けれど『煙草の吸いすぎか…!』とか言って息を整えてるらしいギルを振り返ることが出来ない。 「…なんで追い掛けてきたの?」 「なんでって、当たり前だろ…。…なあ、こっち向いてくれないか。」 オレの涙腺はまだ壊れたままで、泣き顔を見られたくないからごしごしと手のひらで目元を擦った。そのまま振り向かないのは負けた気がするから、とギルの方に向くとそれをやめさせられる。代わりに長い指で目尻に溜まった涙を掬われた。 「擦ったら傷になる。」 「……オレの顔に、傷がつくのがそんなに嫌?」 「…オズ。」 「………。」 流石に今のは自分でも可愛くなさすぎだと思った。でも仕方ないじゃん。ギルを見てられなくて俯けばか細く震える自分の足が見えて、ああオレ不安なんだなって客観的に理解する。ギルに要らないって言われるのが怖い。ギルにヴィンセントみたいなこと言われるのが、怖い。 だけどギルは待ってくれなくて、『話聞いてくれるか?』と告げられぽすんと頭に乗せられた手が何を意味するかわからないままに頷いてしまった。 「オレはオズが大切だ。」 「…見た目が好きだから?」 「最後まで聞けって。…どれくらい大切かって言うと、例え誰かがオズの中に入ってようがオズを操っていようが傷一つつけられないくらいおまえの心も身体も大切なんだ。」 「……え…?」 どうしてこんなに優しい声で話してくれるんだろう。告げられた内容が信じられず、思わず今俯かせた顔を上げてしまえば『やっと見てくれた。』と抱き締められた。煙草の匂いの中に微かにお日様の匂い。そんなことにどうしようもなくギルを感じてしまい胸板に額をコツンと当てた。 この下には、オレがつけた傷がある。10年経っても消えることのない傷が。 「例えばオレがまたドルダムに操られたとして、この傷みたいに思いきり斬りつけないと解放されないとしたら。…オズは出来るか?」 あの時を思い出すだけで胸が痛む。オレはギルを斬るつもりなんかなくて、ギルも操られてなくて。なのにこんなに辛いんだ。もしオレがオレの意志でギルを斬らなければ、と思うと。 「…出来、ない……。」 そんなこと、出来ない。答えた瞬間に『オレもそういうことだ。』と耳元で囁かれた。低音が擽ったくて身を捩る。 ギル曰く例え中身がヴィンセントでも、オレに向かって力強く叱ることはなかなか出来ないんだ、らしい。 いざ真相を聞かされると力が抜けそうなくらい呆気ない。…なんだ、そうだったのか、って。安心、した。…よかった…。 「…どれだけ溺愛してるの。このヘタレワカメ。」 「な…っ、で、溺愛って…!」 「あーあ、なんかヴィンセントにまんまとしてやられたって感じ。泣き顔見られちゃったし、最悪だなー。」 オレの台詞にぼっと赤くなったギルの胸板を押して離してもらう。そうして息を吸い込むとやっと人心地ついた気がして、そしたら思い出す数々の嫌なこと。一人で怒って泣いて叩いて、なんか恥ずかしい。ほんと夢だったらいいなって思うんだけど、ギルの腫れた頬っぺたを見てると嫌でも現実だとわからされて長い長い息を吐いた。 「…しかもセクハラされまくったし。あいつ人の胸見すぎ!揉まれたとか恥ずかしすぎる…。お嫁に行けない身体にされちゃったなあ。」 「ぶっ!!」 「うわっ汚い!ギル!?」 清く慎ましくおしとやかに、が貴族女性の決まりだ。まあオレが何一つ実行出来てないのはこの際無視して。ついでに何故か噴き出したギルも放置プレイでいっか。 胸で思い出し、そういえばと開いたまま谷間丸見え状態だったワイシャツも直す。投げ捨てられたネクタイは後から締めればいいだろう。とりあえず今度何かしらヴィンセントにお返ししなきゃ。 そんな物騒なことをつらつら考えるオレの肩を、不意にギルがガシリと掴んできた。大真面目な顔をしたギルの雰囲気に圧される。な、なに……? 「オズ!」 「は、はい…?」 「お、おま…おまえは、その、オレが貰う、からっ!心配しなくても…!」 「…、………。」 びっくりし過ぎて声が出ない、という体験をまさか自分がするとは思ってなかった。突然の爆弾発言に頭がついていけてない。え、…えっ?もらう…貰う?モラルじゃなく貰うって言ったよ、な!? ギルは何度吃るんだってくらい噛み噛みで真っ赤っか。けどすぐにオレも真っ赤になったからからかえなくて。 「も、貰うって何を…?」 「…オズを…。」 「っ!!」 廊下で何やってるんだろうオレたち。これって、え、な、なに…ぷ、プロ…ポー…!? 「オレを、貰ってくれるの…?」 「っオズさえ良ければ!」 オレさえ良ければ、なんて。そんなの決まってるよ。じっと見つめてくる金の瞳をオレも見上げた。 「あっ、あ、あり…、ありが…っうー…!」 …なんて、オレとギルがいい雰囲気になるなら世界で恋愛に悩む人はいなくなると思う。わかってた、こうなることは。 ギルを叩いても蹴っても踏んでもごめんと言えないオレが、ありがとうを言えるはずがなかった。もちろん貰ってくださいとか言えるわけがない。 「っ、あ、あげるわけないでしょ!?調子乗るなばかっ!」 「い、いひゃいいひゃい!」 結局素直になれなくて頬を引っ張るオレはヴィンセントの言った通り全然可愛くないのかも……。 ほんとはね、 (可愛くないけど貰って、って思ってるんだよ) * ほんとはね、オズちゃんの身体でギルに迫るヴィンセントも書きたかったんだブフッ∵(´ε(○=( リクありがとうございました!少しでも楽しんでいただければ嬉しいです><* 10.09.17 |