(オズ視点)(女の子オズ) * なんだ。なんなんだこの光景。 口を半開きにして茫然としているオレの前では、鼻血を出してぶっ倒れベッドに寝転んでるギルが真っ赤な顔してヴィンセント(見た目オレ)によしよしされていた。 「兄さん、大丈夫?」 「だ、大丈夫、だから…少し離れろヴィンス…!」 「…どうして?ギルはオレのこと、嫌い?」 「っ嫌いじゃない!嫌いなわけがな、」 「オレの真似しないでよヴィンセント!大体そんな猫なで声出さないから!」 茫然としてる場合じゃなかった!慌ててオレも二人に駆け寄り、ついでにパシンとギルを叩く。『いてっ!』と上がる声にも剣呑な眼差しを向けるだけだ。だってあれはオレじゃないのに!デレデレしちゃって最低! そんな思いが視線に表れたのかそれとも時折発揮される以心伝心か、ギルは罰が悪そうに『わ、悪い…わかってるんだが…!』とおろおろ告げた。 「ギルは誰でもいいんだね、へー。」 「いててててっ!」 「オズ君の中身が可愛くないだけじゃない?」 「それどういう意味かなぁ?」 お仕置きだ、とギルの頬を引っ張ったままにこにことヴィンセントと火花を散らす。中身が可愛くないって失礼過ぎない? 思いきり睨み付けてもヴィンセントには効かないのか飄々としていてそれもまた腹が立った。なのにギルはちらちらヴィンセントの開けっぱなしの胸元ばっか見てるし。この変態ワカメめ! 「見るなばか!」 「い、いや見てないぞっ!これは不可抗力だ、見てるんじゃなく見えるから仕方ないんだ!」 「うっさい!」 ギルの頬を引っ張るだけでなくつねってやれば声にならない悲鳴が部屋を覆う。多分今日パンドラにいる人は何事だとか思ってるに違いない。 散々引っ張ってつねってお仕置きを重ねたギルの頬は真っ赤に腫れていて、オレが離した途端に涙目でそこを押さえてた。自業自得だとオレは思うが、しかしヴィンセントがそろっと手を伸ばしたのを見て失敗した、と早速後悔する。『え?』と目を丸くしたギルの頬を白い手が撫で続け次第にギルはまた別の意味で赤くなって。 「ほら、オズ君はギルをいじめるしかしないじゃない。」 「それは…!」 「可哀想、こんなに腫れて。…でも謝られたこともこうやって撫でられたこともないんでしょ?ねえギル、オズ君は酷いよね。」 「っ!」 そんなこと、言わなくてもいいじゃん…っ! 思わず息を飲んだオレの方を眺めてくすりと笑うヴィンセントに、けれどいつものフォローやたしなめる声はなかった。ヴィンセントを見て、開いた口を何も言わずに再び閉じたギルに傷つく。 普段なら『そんなことない。』とか『やめろ。』とか、絶対言ってくれるのに。見た目が変わるだけでそんなに変わるものなんだろうか。…それって、まるで。 「僕の言った通りでしょうオズ君。君が可愛いのは見た目だけだよ。」 「何言って……、」 「兄さんは君にご執心みたいだけど、それは外見にだけってこと。」 それってまるで、オレの見た目だけが好きみたいだ。そう思った時にヴィンセントの言葉が重なって視界が一気にぶれた。思わず握り締めた両の手のひらに爪が食い込んで痛い。他人の身体だから力加減がわからず、肉に爪が刺さる感触がした。ぷつ、と音もしたからきっと血が出てるだろう。ヴィンセントの身体なのに、勝手に傷つけちゃダメだ。思考回路が告げるその台詞にしかし手の力は強まるばかり。 『違う!』と響いたギルの声さえ薄っぺらく感じて俯く。悔しい、悔しい。ヴィンセントにそんなこと言われる筋合いない。反論したかったけど口を開けば泣いてしまいそうで噛み締めるしか出来なくて。『違わないよ。』と至極楽しげに呟いたヴィンセントに涙腺より先に理性の限界がやって来た。 「っうるさい!」 手は握り締めてて出せない。これ以上喋ったら泣いちゃう。でも言われっぱなしなんて嫌だ。そこまで考えると身体は勝手に動いてて、顔を歪めて笑うヴィンセントに死ぬ気で頭突きをかました。…いや、これも力加減がわからなくて結果死ぬ気の頭突きになってしまっただけなんだが。ぐわん、と脳髄が揺れる感覚。けど『っく…!』とヴィンセントの痛そうな声が聞けたからいいと思う。だって、オレ負けず嫌いだもん。やられっぱなし言われっぱなしは柄じゃない。 「なら一生兄弟でイチャイチャしてたら!?このド変態兄弟!」 そうして部屋から出ていこうと最後に吐いた捨て台詞はオレの声だった。…あ、れ? 閉じていた目を開ける。目の前には泣く寸前の瞳でポカンとしたヴィンセント。下にはこちらも似た顔でオレを見つめてるギル。 心臓がドクドク動き出し、思わず詰まりそうになる息のまま慌てて胸に手をやれば男の人にはない膨らみがあってその瞬間に次はぶわっと涙腺が崩壊した。戻って、る。 「お、オズ…?戻ったのか?」 ヴィンセントがつまらなさそうに舌打ちをした。ギルは起き上がり遠慮がちに手を伸ばしてきて、けれどオレはそれを冷たい気持ちで叩き落とす。存外力が入らなくて痛みは皆無だっただろうがギルはハッと金眼を見開いた。 「…嫌い…。」 「オ、ズ?」 「っ、ギルなんか大っ嫌い!」 ぼろぼろと流れる涙で揺れる世界の中ギルの顔が色を失ったのを見たが言葉は止まらない。 「こんな性格悪いご主人様の従者なんてやめたら!?可愛い子が好きなだけならそこら辺の女の子の従者でもしてろ!」 「ちが…っ!」 「…ギルは、オレをちゃんと見てくれてるって思ってたのに…最低…!」 英雄ジャック=ベザリウスに似てるからとか、お人形さんみたいとか。みんなオレを上っ面でしか判断してくれない。ギルはそんな人とは違うって信じてた。 最後に思いきり頬にビンタを入れたのは、やっぱりオレが気の強い性格だからだろう。自分がひどく惨めに思えてここに居たくなかったから、そのまま走って逃げてしまった。また謝り損ねたなあ、なんて今さら関係ないことを考えながら。 * このオズちゃんはきっと普段ギルにツンツンなんでしょう。 10.09.14 |