最近ギルバートさんとあまり一緒にいないですね。え、そう見えますか? ギルがそんな会話を聞いたのはオズを捜している最中の廊下でだった。どちらも聞き覚えのある声だ。それはオズと、あの男のもの。 立ち聞きをするつもりはなかったのに何となく息を詰め気配を消してしまい、そうなると出ていくタイミングを見失った。 オズは今日も、ギルから逃げるように部屋を飛び出した。ブレイクに用事があるから付いてくるな!と睨まれ、しかしそれでも気になり追いかけてきてしまったのだが。 ここ数日、オズは自分を避けているように感じる。男にはそれがバレていたのだろう。 「いつもはずっと一緒にいるのに。」 「あー…喧嘩みたいなことしちゃって。…そう思ってるのはオレだけ…いや、あっちだけ?かもしれないんですけど。」 苦笑混じりに答えるオズの言った内容がわからずギルは眉を寄せた。喧嘩をした覚えはない。喧嘩を?と笑みを含んだ男の相槌が妙に癪に障る。 本当は今すぐオズの手を引き連れ出したいところだが、実行するわけにもいかずギルの中ではもやもやだけが募っていった。 ギルとはあまり話さないくせに、その男とは朗らかに会話するオズにほの暗い気持ちも顔を出す。やはりそいつの方がいいのか、と。 「…気づいてくれないんですよね。」 「何をです?」 「うーん…なんか、自分がいなくなったら、とか…そういう、オレにとっては笑えない冗談をすぐに訊いてくるやつで…。」 その時に吐いたオズの嘆息が本当に困っている風でギルの心をツクリと刺した。もう自分はオズに見限られてしまっているのかもしれない。 これ以上は聞かない方が、ギルの精神安定上良さそうだった。そろそろ従者を辞めろ、という言葉を覚悟しておくべきかと考え、その場を離れようとした足がわずかにふらつく。 ギルにとってはオズだけが世界を構成するものだ。そのオズに突き放されたら、自分はどうやって生きていけばいいのだろう。 無意識に握り締めた手のひらに爪が刺さり痛覚が悲鳴を上げる。 「オレにはあいつ以外考えられないのに。」 その爪がぷつり、と薄皮を突き破ってしまったのは聞こえてしまった最後の一言に驚きすぎたから。先ほどは痛いと感じたくせに今は全く痛みを感じない身体はつくづく便利に出来ている。 え、と惚けて零れたギルの声は予想以上に大きかった。曲がり角の向こうから、同じように『えっ!?』と声が響く。 慌てて、ギルが身を潜ませていた角にオズが顔を見せた。バレた、とギルが焦るよりも前に何故かオズの方がさあっと顔を青くし焦り出す。 「は、ちょ、なんでいる、てか聞いて…!」 けれど直ぐ様その青は赤くなる。こんな時にも可愛らしいとぼんやり感じたギルの頭は末期なのかもしれない。 目をぐるぐるとさせているオズの後ろから男も顔を出した。一度ギルとオズを見、目が合ったギルにだけ会釈をして静かに去っていってしまう。混乱しているオズは気づかなかったらしい。 あ、と思わず、敵対心しか持っていなかったのに引き止めようとしたギル。邪魔をしたのは間違いなく自分なのだ。 しかしそれは突然すぎるオズのパンチに失敗に終わったが。鳩尾に綺麗に入った拳はギルを悶絶させるには十分だった。 「おまえ盗み聞きとか、覚悟出来てるんだろうな…!」 「ちょっと待った、」 「待ったなし!最悪!」 痛みに屈んでしまったギルを続けて蹴飛ばしオズは毛を逆立てるようにして怒る。真っ赤になった頬が林檎みたいで、それが妙にあの言葉の現実味を助長していた。 大切だ、と、確かに言われた。 理解してしまうとギルの頬はだらしなく緩んでくる。自分が思うよりずっと、事はシンプルだったのかもしれない。 「何笑ってるわけ!?」 照れ隠しなのかギルをげしげしと蹴り続けるオズは細かく震えていた。オズ、と呼ぶとひくりと肩が跳ねる。 ぴたりと止んだ蹴り。ギルが見上げれば翡翠は不安げに揺れていた。何を不安に思うことがあるのだろう。ギルにはわからないが、伝えなければならないことはある。 彼の小さな手を掴みぎゅっと握った。薄紅の唇が戸惑うようにはくりと動く。 「オズ。」 「…な、に?」 「もうあんなこと言ったりしないから。これからもおまえの従者でいさせてくれないか…?」 オズの従者は自分以外要らないのだと、願いを込めてギルはエメラルドを見つめる。再びはく、と空気を食んだ唇と、そっぽを向いてしまった顔。当たり前のこと言うなと、ぼそぼそ呟く様子が普段のオズとかけ離れ過ぎていておかしかった。 「でも、あんなにべたべたしなくていい。」 「え?」 「最近あまりに過保護というか、子供相手みたいだったじゃん。鬱陶しいって言ったの!」 でれでれと、無自覚なまま頬を緩ませていたギルに全力のパンチが決まったのはそれからすぐのことだった。 * フリリクありがとうございました! 11.04.16 |