好きだ、と告げられたらどれほど幸せか。 そう考えギルは緩く首を振った。違うそれは幸せでなく自分が楽なだけだ、と。 従者、しかも男にそんなことを言われてもオズは困るだけだろう。オズを困らせたいわけじゃないし、ギルが今苦しいと感じるのは自業自得だ。と彼は思う。 自分が辛いから思いを伝えるとか、そういうのは、間違っている。 口内でそう転がし、ギルは自室の机に突っ伏した。 そう、そうなのだ。自分が辛いからオズに好きだと告げるのはだめ。しかし、そうも言ってられない状況になったらどうすればいいのだろう。 例えば、オズを好きな誰かが現れたりとか。例えば、その誰かはギルに引けを取らない身分で迂闊に牽制出来ないとか。 例えば、オズがその人と仲が良さそうだったりとか。 考えれば考えるほどギルの思考はずぷずぷと泥沼に嵌まっていく。こんな急展開、予想もしていなかった。 ギルはオズの人間関係に口出し出来ない、当たり前だ。けれど自分以外の人とそういう関係になってほしくない、とも思う。それが醜い独占欲と言われようが、ギルにはオズが一番なのだから譲れない。 じゃあどうしたらいいのか?こうなってくると答えは一つしかない。 オズがギルを選ぶように仕向けたらいい。自分に依存したらいい。 よし、と頬をぱちんと叩いたギルは作戦を実行すべくキッチンに向かった。 * 「オズ。」 「ギル?どしたの?」 自室で読書をしていたらしいオズは、ノックの後に入ってきたギルを見、首を傾げる。そうしてすぐに、視覚で認識するより先に鼻をすん、と鳴らしそれを見つけた。 オズの鼻腔を擽る甘くて柔らかな匂い。時計を見ればもうすぐおやつ時だ。 気の利く従者は彼が何を言わずとも、まるで心を読んだように全てを満たしてくれる。 読んでいたページに栞を挟み閉じたオズは、少し外を眺め『今日は天気がいいから外でお茶にしようか。』と微笑みかけた。強すぎない、穏やかな陽射しが庭園の緑を柔らかく焼いている。 「今日のおやつ何?」 「シフォンケーキだ。生クリームとチョコクリーム、二つ用意してみたがどっち、」 「どっちも食べる!」 部屋から繋がっているテラスへの窓を開けながら元気よく答えたオズにギルは苦笑した。苦笑の中の、ほの甘い感情はきっとオズには伝わらないのだろうが。 こうして、自分の作ったものを気に入ってくれるのは嬉しいことだ。男女の仲でも、まずは胃袋を掴めと言う。昔からの常套句はだからこそ中身も濃い。 椅子につき、ギルが差し出したお手拭きで手を拭くオズは早く、と顔を綻ばせた。 「そんなに焦らなくても逃げないぞ?」 「ギルのシフォンケーキ好きなんだよね、いや全部好きだけどっ。」 スポンジとクリームを乗せた皿を目の前にコトリと置かれたオズは瞳を輝かす。ギルが微かに息を詰めたのには気づかないようだった。 「…好き、なのか?」 「ん?好きだよ?」 「っど、どれくらい!?」 「えっ、」 ギルの勢いに気圧されたのか、身を引いたオズは目を丸くしながら『か、かなり…?』と呟いた。 かなり、とはどれくらいなのだろう。身体を揺らして詳しく聞きたい気持ちをギルはぐっと堪える。 「じゃあ、もし、オレがいなくなったりしたら…? それ、食えなくなるよな…?」 「へ、何それ。」 「例えば、だが…。」 「そういう例え話好きじゃないんだけど。」 眉を寄せつつもケーキを小さく切り口に運ぶオズ。それでも真剣なギルの視線に嘆息し、フォークをぶらぶら揺らし出す。 そうだなあと呟いたオズは、ちらりとギルを盗み見、そうしてイタズラっぽい笑みを浮かべた。 「そんなこと言う従者へのお仕置きで新しい従者捜しちゃうかも。」 「えっ?」 「新しい従者、案外新鮮でいいな。例えば…、」 「…っ!」 本気なのか冗談なのか、噂の渦中であるその人の名前を溢したオズにギルが俯く。まさかこんなことを言われるとは思っていなかった。ギルー?と愛しい主人の呼び声にさえ反応出来ない。 これは、早急に何とかしないと。 ギルが拳をぐっと握った。 |