「スパーダ」

手を止めて愛しい人の名を呼ぶ。言葉にしただけで、心が満たされる気分になるのはそれほど好きだということで。何度も何度も心の中で言う。スパーダ、スパーダ、と。
呼ぶ前から後姿を見ていた。じっと見つめていると無防備で、小さいようで思ったよりは大きい背を抱きしめたくて。だがその気持ちを押し殺す。
抱きしめたいと思い抱きしめると頬を薄桃色に染めてあーだこーだといってくるのが見えているから。
「あ?」となんとも色気のない返事を返して顔をこちらに向ける。その目が、鼻が、唇が、なにもかも愛しいと思ってしまう。
「こいこい」と右手の平を天井に向けて人差し指だけを突き出し天井を煽るかのようにして呼ぶ。じっとその手を見て来いというのが解ったのか近づいてくる。が、首をかしげて「どうしたんだ」という顔でこちらを見る。
俺は椅子に座っていて彼・・、スパーダは立っている状態なので普段見下げる状態だがどうしても見上げることになる。そのことに小さな苛立ちをもった自分に、なんとも情けない自分だと思ってしまった。

「なんだ?」

すぐ側まで来て俺を見下げながら問いかけてくる。言葉には表していないが、少なくとも少しは自分が見下げる状態のことを気にかけているはずだ。
俺がそんなことを思っている間、じっとそらさず見詰め合っていたことに意識してしまったのか、俺から目を避けて頬を薄桃色に染めて元の体温に直そうとガリガリ掻く頭に意識を集中させ誤魔化しながらもう一度同じことを聞いてくる。
またもやその問いかけに答えずしばらくじっとスパーダを離さず見ていると、(時間はそう掛かっていないが)スパーダには今の状況で時間が1分でも一時間と感じてしまうほどだったので何時まで経っても何も話さないでいることに苛立ったのか、頬を染めたまま自分なりに睨みをきかせて俺を睨む。そんなことが逆効果だなんて言ったらどうなるのか気になった。が、今にも「なんだよ!なんか用あんのか!?」と怒鳴ってきそうなぐらいだったのでそろそろ止めるかと思い上を向いていた頭をちょうど良い高さに戻し目を閉じて鼻で軽く溜息を吐きながら右手で襟(えり)を直すそぶりをしてわざと隙が出るのを待つ。
そうとは知らずに、楽しい会話をしていたというのに中断され、呼び出されてただただじっと見つめられて二度聞いてもなにも言ってくれず、苛立ってきた時に目の前で服の襟を直している、この態度で頭がき、まんまと騙され相手の思う壺。

「なんなんだよ!呼び出しておいてっ…用がねーなら行っ・・うわっ」

俺から離れようと歩き出すスパーダの手を掴んでぐいっと俺の方向に引っ張る。
まさか引っ張られるなど思っていなかったのか、されるがままに倒れこんでくる。
身長があるだけにやはり戦って動いていてもコレぐらいか。と内心呟きながらもしっかりと支えて抱く。

「いっいいいきなりななにすンだよっ!」

動情が隠せない表情をしながらどもりながらも懸命にしゃべる。
スパーダの発せられた言葉ははっきりと耳に聞こえたが、聞こえなかったそぶりをしてスパーダの胸板におでこを宛がいしっかりと抱きしめる。やはりまだ動情が直っておらずあためふためくスパーダ。その顔はどんな顔なのか。少し気になり顔を上げてスパーダの顔が見える位置まで上げ見ると、薄桃色だった頬が耳まで真っ赤になっていて茹蛸(ゆでだこ)のような顔をしていた。その表情にはもう怒りのカケラは一つもなく、状況についていけない様子だ。
そんな顔をみて思わず笑いそうになるのをこらえ、やや下を向いておでこをつけ、腰に回している腕の力を強めてさきほどよりも強く抱きしめ、プッと笑いそうになるのをこらえて口元だけをかすかに吊り上げる。
こうして距離を縮めて、こんなにも近い距離で抱きしめて、触れ合って、こんなにもスパーダのぬくもりを感じれる。
少し、普段かがないような香りがしたのはきっとスパーダの香り。心地よい気分になり、目を閉じる。
さきほどまで疲れていたというのに、もうあっという間に回復してしまった気がしたのは、気のせいではないだろう。
スパーダの温もりを、香りを感じただけで全回復。普通の治療術よりも、遥かに回復ができた。




充電
(温かい、心地にふかれて)


2009/8/20