最初はどこかぎこちなかった、二人っきりの時間も。少し話せばすぐに打ち解けてしまった。どうやら嫌われていると思ってたのは誤解だったようで、マスターの友人を嫌うわけがないと苦い顔をされてしまった。申し訳ない。
ろっぴくん(『さん』付けも敬語もいらないと言われた)はおいしいお茶とお菓子を出して、私を丁重にもてなしてくれた。彼が言うには、兄弟曰く自分は紳士なんだと。そんなことないのにねーとけらけら笑いながら言っていた。どう返せばいいのかわからなかったので黙っておいた。
ろっぴくんの淹れるお茶はおいしい。彼を作った人間は、知識はあれどあまり料理が得意ではない人だったそうなので、そのようにプログラミングされているんだそうだ。だからあんなに料理上手で、お茶もこんなにおいしいのか。
「ねぇ、都さん。大学では咲良さんはどんな感じ?やさしい?」
「やさしいよ。後輩の面倒もよく見てくれる」
「へぇ……面倒見の良さは長女だからなのかな。俺たちのこともよく見てくれてるしね」
にこにことろっぴくんは笑う。笑いながら咲良先輩の話を聞いてくる。彼は先輩のことが好きなんだろうか。ちょっとだけ胸が痛んだけれど、まあ仕方ないことなのかな、とも思った。それとも、単にマスターのことを知りたいだけか。
窓の外が少しずつオレンジ色になってきている。この部屋の他の住人たちはまだ帰ってこないのだろうか?遠く民家の屋根に夕陽が落ちているように見えた。ろっぴくんは一度話を切ると「お茶、取り替えてくるね」と再びキッチンに向かった。足取りは軽く、鼻歌も聞こえる。ろっぴくんは楽しそうだ。
「どうせだから、夕飯も食べていく?もう7人分作ろうが8人分作ろうが同じだからさ」
「うん、そうしようかな」
「オッケーわかった」
ちなみに今日のメニューはシチューとかぼちゃのサラダだよ、そう言って彼は片目を瞑った。手伝おうかと申し出たけど、やっぱりお客さんだからと断られた。ろっぴくんは優しい。
黒いシャツに赤いエプロンをつけて、夕飯の支度を始めた彼のその姿はとても様になっていてかっこいい。頬杖をついて背中を眺めていたら、ろっぴくんが何やら複雑そうな顔で振り返った。
「……あんまり見ないでよ」
「だってかっこいいんだもん」
「ばかじゃないの!」
赤くなりながらろっぴくんが声を荒げる。おお、ちゃんと赤面したりもするんだなぁ、すごいなぁ今のソフトウェア。どんな人が作ったんだろ?彼は『天才的馬鹿』と言っていたけれど。名前は確か、『イザヤ』さん。……ちょっと調べてみよっかな……。
つらつらと考えていたら、玄関からバタバタと足音が聞こえてきた。先輩が帰ってきたのだろうか?それにしては元気のいい足音のような……
「ろっぴさんただいまー!」
「た、ただいま、ろっぴさん」
先輩だと思ったら違う人だった。確か前回遊びにきたとき、やたら声をかけてきた、確か名前は……
「おかえり、リンダくんみかてんくん。手洗ってうがいしておいで」
「はーい!ってあれ?」
そうそうリンダくんにみかてんくん。私に気付いたリンダくんは、みかてんくんが止めるのも聞かないでうれしそうにこちらに駆け寄ってきた。
「こんにちはお姉さん!どーしたんすかぁ今日は」
「ろっぴくんにね、誘われて」
「はっはーん、遂にろっぴさんもナンパデビューしたんすね?」
「ちょ、リンダやめなよ!」
「リンダくんちょっと君黙ろうか」
包丁を持ったろっぴくんが迫力たっぷりに微笑んでいる。うーん、美人がこういう顔すると、ほんと凄味があるというか、怖いなぁ……。
リンダくんも素早く危機感を察知して、「うーす」なんて返事をしてみかてんくんを連れ洗面所に引っ込んだ。二人のキャッキャとはしゃぐ声が聞こえてくる。
「ごめんねーあいつら……っていうかリンダくん、なんか変なこと言って」
「いや、ううん、いいよ全然」
「ナンパでは決してない……はず、いや、……ナンパになるのかコレ?」
「あはは、違うでしょ」
真剣な顔で悩むろっぴくんがかわいくて思わず笑ってしまった。彼も、安心したように柔らかく微笑む。
部屋の中はすっかり薄暗くなり、戻ってきたリンダくんがパチンと部屋の明かりをつけた。
「あ、皆ももうすぐ帰るってさっきメール来ました」
「ほんと?みかてんくん。じゃあ早く夕飯の用意しなきゃね、お腹空いてるだろうしさ」
二人とも手伝ってね、と声をかけると、リンダくんもみかてんくんも「はあい」といいこのお返事。
よしよしと頷く彼の背中を、私はぼんやりと眺めていた。