「こ、こんにちは」
「……どうも」
部屋を引っ越した。臨也くんに頼んで、今よりも広い部屋に。前の部屋からあまり離れていないでかいマンションに。結果、やはり二人一部屋は免れなかったけれど以前よりはずっと暮らしやすくなった。俺と同室なのはツパチンだし。
生活は相変わらずだ、咲良さんがバイトをして稼いで俺が主に家のことをする。あ、でも、前よりあいつらはよく率先して手伝ってくれるようになったし、家賃は俺たちを咲良さんに押し付けた臨也くんが出すことになった。いいことだ。
そして今、俺は夕飯の買い物をしているわけだが。
「えーっと。どうしてここに?」
商店街にて、先日とても失礼な態度をとってしまった(らしい)咲良さんの後輩に遭遇。彼女はこの辺に住んではいないはずだが。
笑みを貼り付けて尋ねると、彼女は一歩下がって顔ごとそらし、「叔母がこの辺に住んでいるので」とぼそぼそ答えた。
気まずい。非常に気まずい。
別に嫌っているわけじゃないんだ。むしろ咲良さんと仲良くしている人ならばウェルカムだ。だからそんなに距離を取らないでほしい。いくらソフトウェアとはいえ、一応ココロというプログラムがあるのだ。ちょっと傷つく。まずは誤解をときたいのだけれど。
「あ、あの」
「はあ」
「夕飯、食べていかない?その、咲良さんとか……サイケたちも喜ぶと思うからさ」
「…………」
誘った俺に彼女は躊躇う仕草を見せた。そりゃあ嫌われてると思っている人間にこんなことを言われれば。でもいつまでも誤解させたままなんて俺も嫌だ。この後何か予定でも?と聞くと、いや、と小さく答える。
片手に袋を持ち直して、「行きましょう」と彼女の手を取った。彼女の手は妙に熱かった。熱でもあるのだろうか。おやろっぴくん、と声をかけてくる商店街のおじさんおばちゃん連中に愛想笑いで返しながら足早にそこを抜けていった。
新居の前に立つと、突然彼女は足を止めた。マンションを見上げて、ひくりと頬をひきつらせる。ああ、どうしてこんなでかいマンションにとでも思っているのかな。臨也さんは半端ではない金持ちだから、これくらいの部屋を用意するのはごく簡単なことだったらしい。
まぁ俺だからできることだよね感謝のキスくらいはしなよと笑った彼に、咲良さんが右ストレートを食らわせていたのは記憶に新しい。
「どうしたの、都さん。どうぞ、入って」
「えっいやっ」
「ほら、早く早く」
「うわ」
背中を押すとよろめきながら前に進んだ。一度振り返った都さんがちょっと恨みがましく俺を睨んでいる。全然怖くないしむしろかわ……いやいやいや。
にやにやしながらエレベーターに向かいボタンを押す。彼女は小さい声で何かぶつぶつと文句を言っていたようだった。今更だけど、無理矢理連れてきてよかったのだろうか。予定はないと言っていたけれど。
再び気まずい空気を感じつつ、二人エレベーターに乗り込む。誰か乗っていたわけでもなく、その狭い空間に俺たち二人っきり。
「…………」
「…………」
なんだろう、このやりにくい空気。こんなことなら引きずってでもリンダくんとみかてんくん連れてくるんだった。二人してモンハンプレイ中でソファーから動かなかったのだ。現代っ子め。いや、俺もだけど。
ちなみにサイケは咲良さんのお迎え。つがちゃんは妹ちゃんとデート。ツパチンは臨也さんのお手伝いに駆り出された。バイト代出すから!と言われてしぶしぶ行った彼のあの時の表情が忘れられない。
あれ、ってことは家に帰ったら俺とお子様二人と都さんだけなのか。しかもあの二人、ゲームのあとは高確率でお昼寝タイムに入るから、運が悪かったら部屋でも俺と都さんは二人っきり……
「…………」
「あ、あの?」
「あ、ごめんなさい、なんでもない……」
勢いで連れてくるんじゃなかった、何をしているんだ俺。
エレベーターを降りて部屋に戻る。頼むから起きていてくれよと思いながら、玄関を開けてただいま、と声をかけたけれどしかし。
返事がない。
「……?」
まさか寝ているのか、とそぉっと二人の部屋を覗いたが誰もいない。あれ、あいつらどこ行ったんだ。
「あのう、ろっぴさんこれ、テーブルに……」
「ん?」
おずおずと差し出されたメモ。几帳面そうなこの字はみかてんくんのものだろう。『おやつ買いに言ってきます』、あのフリーダムなクソガキ共めが……
「…………」
「…………」
「都さん、とりあえず座って!お茶淹れるよ!」
「は、はい!」
よしよく笑顔作った俺。手の中のメモはぐっしゃぐしゃだけど。今頬ひきつってなかったかなーこれ以上悪い印象持たれるの嫌なんだけど。
咲良さんお気に入りの木苺模様のティーセットを出しながらため息をつく。そういえば引っ越し祝いってこの前岸谷さんがおいしいマドレーヌを届けてくれたんだっけ。サイケが気に入ったのかなんか一人でモリモリ食ってたけど、まあ、いいよね、お客さんに出しても。
ちらとリビングを見たら都さんが落ち着きなくそわそわきょろきょろしていた。なんか、小動物みたいだ。彼女にばれないようにくすっと笑った。
どうでもいいけどあいつら早く帰ってこい。