玄関を出ようとすると、慌てたようにサイケが俺のあとを追ってきた。はっしと俺のコートの裾を掴んで、どうやら行かせまいとしているらしい。

「ろっぴまた出かけるのっ?たまにはおれとも遊んでよう!」
「俺が家にいるときお前がいないのが悪いんだろ。いいから離せ。約束の時間に遅れる」
「やだやだ今日はおれと遊んで!」
「サンドイッチ作って冷蔵庫に入れといたから、昼はそれ食えよ。足りなかったらツパチンに作ってもらえ」
「ろっぴー!」

ぎゅう、と握りしめる指をほどいて頭を撫でる。口を尖らせたサイケはか細い声で「いってらっしゃい……」と呟いた。仕方がない、明日はサイケも家にいるはずだから明日こそ遊んでやろう。
後はよろしく、とサイケの後ろに控えていた津軽に目だけで伝える。彼は静かに目を伏せて頷いた。小さく手を振る津軽を見届け俺は扉を閉じる。足取りは軽かった。





臨也くんに都さんの連絡先を教えてもらって以来、俺は彼女の家に出入りすることが多くなっていた。最初は驚いて不思議がっていた彼女ももうすっかり受け入れて。今ではあの狭いワンルームで、何をするでもなくまったりとコーヒーを飲むのが自分にとっていちばん安らげる時間だ。

そして今日も。

インターホンを押せばにこにこと嬉しそうな笑顔を浮かべた都さんが俺を迎えてくれる。

「参ったよ、行きがけにサイケに捕まってさ」
「あはは、どしたの?」
「たまには遊べって。俺がいるときに言えよ、自分は毎日遊び歩いてるくせに」

愚痴る俺を笑いながら彼女はコーヒーを出してきた。大きなマグカップにたっぷり、ミルクと砂糖が入ったカフェオレ。コーヒーは砂糖一杯でいいと思っていた俺だけど、こういうのも悪くないって思えてきた。お茶うけにコンビニで買ったクッキーをつまみながら、なんてことない世間話をつらつらと。何でもない時間がただただ過ぎていく。

「ろっぴくんは大変だね、自由なお兄さんがたくさんいて」

都さんがそう言って頬に触れた。やさしい指の感触が気持ちよくて、思わず目を細め擦り寄る。猫みたい、くすくす声をあげた彼女が今度は逆の手で喉元をくすぐる。猫じゃないからごろごろ喉は鳴らないよ、思ったけれどやっぱり気持ちよかったから言わなかった。

「都さーん……」
「んー?」

クッションに座って甘えたような声を出す。そういえば、俺は兄と呼べる奴らがたくさんいる割にそいつらに甘えたことがないことを思い出した。あいつらが頼りないせいだ。マスターもマスターだし。
ここは俺が唯一素直に甘えられる場所だ。家とはまた違った安心感とか、安らぎとか、そういったものを産み出す場所だ。そしてそれらを作り出しているのは、他でもない彼女で。

ああ、都さんがすきだなあ、
そんなことを思いながらじっと彼女を見つめる。都さんは俺を見つめ返し首を傾げたけれど、やがて意図に気づいたのかぱっと頬を赤らめて俯いてしまった。
その顎を捕らえて、くい、と上を向かせて。
ぷっくりとした赤い唇がおいしそう。ゆっくりと近づいて、自分のそれを重ね合わ



〜♪



「…………」
「…………」

せようとした矢先、コートに入れっぱなしの黒い携帯が俺を呼び出した。どうしてこうタイミングのいいときに鳴るんだろうか、一種作為的なものを感じる。
都さんが赤い顔で苦笑いしながら「携帯鳴ってるよ!」と指をさす。くっそ誰だよと舌打ちしつつ開けば、ディスプレイに表示された名前はサイケ。

あのクソ野郎……

「もしも」
『あっろっぴ!?ろっぴ!?』
「俺以外に誰が出んの」

イライラしながら返事をすれば、俺の様子で相手がわかったのか都さんがくすくす笑う。ああ、もう。
せっかくいい雰囲気だったのに。

「なんだよ」
『あのねっあのねっ新しい兄弟がうちに来るんだって!ぱーちーするからはやく帰ってきてっ!ごはん作らなきゃ!』
「また増えんの!?」

臨也くんはいったい何を考えているのだ。これ以上増やしてどうすんの?呆然としながら電話を切る。どうしたの?と顔を覗き込む都にも、乾いた笑いしか返せない。
とりあえず、歓迎のための料理を作らなければ。
財布の中身と冷蔵庫の中身を照らし合わせてメニューを立てる俺はすっかり主夫だ。

「ごめん都さん、俺帰らなきゃ……」
「……そっか」

仕方ないね、と寂しそうに表情を翳らせる彼女に胸が痛む。これも、恋をする人間の特権というものなのか?だけどこれは心地よい痛みだと思う(言っておくが俺は決してマゾではない)。

「また来るよ」
「!」

掠めとるように唇を奪って、にっと笑った。真っ赤になって動かない彼女の頭を撫でて、背中を向ける。

「ろ、ろっぴくん!」
「?」

声をかけられ振り向けば、彼女が恥ずかしそうな顔でそこに立っていた。ああ、いきなりキスしちゃったから怒ってるのかな?謝った方がいいだろうか。

「また来て、約束、ね」

きゅ、と握りしめられた指先は、驚くほど熱を孕んでいた。じりじりと焦げるように胸が熱い。まるで火が灯ったかのように。

そうか、これが










「都さん、」
「なあに?」
「好きだよ」
「…………うん」



――私も君が好きだよ、ろっぴくん






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