「都さんが平和島静雄と一緒にいたんだ」
「へぇ。初耳だなあ」
「君は知ってたんじゃないの、臨也くん」

俺の問いに、彼はくすくす笑い「まさか」と答えた。
俺が言うのもなんだけれど、俺たちを作り出したこの折原臨也という人は信用ならない人間だと、思う。嘘はつかないけれど、本当のことも言わない。
生み出してくれた恩もあるし嫌いではないのだけれど、やはりどこかで一線保つ節がある。だから、サイケや津軽にも気をつけろと常々言っていた、まああいつらは大丈夫だと言って聞いたためしがないが(大丈夫じゃなかったことがあったから言ってるんじゃないか)。

「俺がシズちゃんの人間関係について知るはずがないだろう」
「でも都さんの人間関係については知ってるだろ?」
「君は賢いね、俺そっくりだ」
「俺は君にかなり近い状態でコピーされたからね」

苦笑いしながら出されたコーヒー。砂糖は1杯、ミルクは無し。味の好みまでまったく同じなほぼ完璧な模造品。彼の顔を伺いながら一口すすると、諦めたような、困ったような笑顔を浮かべて臨也くんはため息をついた。

「困ったなぁ」
「…………」
「君まで人間に恋をするの」

君まで、とは。

彼の言葉を聞きすぐに思い至ったのは俺とそっくりな顔を持つ俺の兄。今のマスターと共に暮らしながら、無知な試作品(失敗作と呼ぶと怒るのでこう呼ぶことにした)ながら愛情というものを一生懸命育てている。
それからあの平和島静雄と同じ顔の津軽や、リンダくん。彼らも同じように人間に恋をしている。……と、聞いた。

もしや臨也くんはそれを良く思っていないのだろうか。これは俺たちにあってはならない『欠陥』なのか?恐る恐る再び彼の表情を伺う。

「別にね」

カチャリとソーサーにカップを置いた。彼が顔を上げる。俺と同じ赤い目が細まる。

「悪いことではないと思うよ。むしろ俺としては面白い結果だ。アンドロイドが人間に恋をする。アンドロイドが『ココロ』を持って悩み、行動する。素晴らしいことだ」
「臨也くん」
「うまくいきすぎて、怖いくらいだよ」

にっこり。
そう言って笑う彼の顔に裏は見られない。いや、俺に見抜くだけの観察眼がないだけかもしれない。もしかしたら腹の内でまだ何か考えているのかもしれない。
でも、それでも、彼の言葉には縋りたくなるなにかがある。彼の言う通り自分たちは人間ではない。近いけれど完全なそれではない。何が正解かわからない。本当はここにいていいかすらわからない。
でも、少なくとも彼は。今、自分を認めた。安堵が広がる、でも、まだ。

だって、彼女は?

「そんな思い悩む八面六臂クンに朗報だ」

再び暗い顔を見せた俺に臨也くんがニィ、と笑った。

「今、逢坂都に恋人はいない。シズちゃんは全くの無関係。どうせあいつのことだ、なんかあって手を貸したとかそんなんだろう。化け物のくせにお人好しだからね」

ぱち、とひとつ瞬く。臨也くんはにやにやと笑っていた。居心地の悪さを感じてふいっと顔をそらす。
ぽんと頭に手のひらが乗った。冷たい手だった。向き直ると臨也くんが俺の前に立っていた。俺の前に立って、優しい顔をしている。

「ま、大いに悩めよ八面六臂。恋に悩むのは『人間』の特権さ」





彼の家を出る頃には、すっかり外は暗くなっていた。家に帰れば家族が腹を空かして待っているだろう。なんだ俺は、大家族の母親か。いや、間違いではないだろうが。
きっと帰ったら未成年組が飛び付いてきて、サイケが腹減ったとしょげていて、津軽がそれを宥めていて、ツパチンが苦笑いしながら「お疲れ」と労ってくれる。そしてマスターであるあの人は、今日もサイケの隣でしあわせそうに笑いながら、「おかえりなさい」と迎えてくれるのだ。俺を待っててくれる、温かい家がそこにある。うれしいと思うこれも、ココロがあってこそ。

「…………」

帰り際、臨也くんに貰った一枚のメモを出す。そこに書かれている11桁の番号、アドレス、住所。
彼女の連絡先。

空を仰いだら鋭く尖った三日月が笑っているようだった。ポケットに入れた黒い携帯に手を伸ばす。

君が俺と同じ気持ちならいいな。

そう願いを込めてボタンに指をかけた。



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