「あれ」
今日も夕飯の買い出しに出掛けたら、都さんも買い物をしてるのを見かけた。パッと視界が明るくなった気がして、俺は彼女に駆け寄ろうとする。
でも、今日は都さんは一人じゃなかった。
隣に男がいる。
仲良さそうに笑いながら、一緒に買い物をしている。
まったく知らない男ならまだよかった。きっとさりげなく声をかけて相手を探り、そこからまた策を練ることができたから。でもそこにいたのは。
実際見たことが初めてなだけであって、知らないわけではない相手だった。生まれたときから、データに入っている人物だ。それも、相当馴染みが深い人物。『この顔は毎日飽きるほど見ている』。
高い身長、金髪、くわえタバコ、バーテン服。
俺の生みの親の仇敵……仇敵?悪友?とりあえず、仲がいいのか悪いのか、縁も腐った仲である、あれは平和島静雄という男だ。確か臨也くんには『シズちゃん』と呼ばれていたはず。
同じ高校で、毎日のようにケンカして、今も顔を合わせたら毎度ケンカして、たまに機嫌がいいといっしょに寿司を食いにいったりして、本当仲がいいんだか悪いんだか。化け物じみた怪力と極端に低い沸点を持ちながら、底抜けな人の良さから周りには割と好かれる変なやつ。
それがどうして、都さんと一緒にいるんだろう
こっそりと店の陰に隠れて様子を伺う。二人は相当仲がいいらしい。都さんも心なしか……俺といるときよりも楽しそうだ。気のせいだろうか。
店のおばちゃんが、「あらろっぴくん、どうしたの?」と声をかけてくる。一瞬肩を跳ねさせたけれど、俺はおばちゃんに向かってしぃーっと人差し指を立てた。
「あらあら探偵ごっこ?」
「違うよおばちゃん……。ね、あの二人はよく来るの?」
都さんと平和島静雄を指差す。と、おばちゃんは少し考えて、「隣の男の人はあんまり見ないねぇ」と、言った。どうやら平和島静雄はあまりここには来ないらしい。よかった。いや、よくない。他のところではよく二人で行動を共にしているのかもしれない。
俺は、この町と新宿の臨也くんの家付近しか知らない。他の世界を見たことがない。知識として知ってはいるけれど、実際に見たことがないのだ。他の場所で彼女が何をして、誰といるのかも知らない。そもそも、
彼女に恋人はいないのだろうか?
ああ、どうして俺はこんなことを気にしているんだろう。気づいたらもう都さんと平和島静雄はいなかった。遠くの空がオレンジから群青に変わり始めていた。もしかしたら平和島静雄が都さんの恋人なのかもしれない。あんなに仲がよさそうだったのだから。おばちゃんが心配そうに「ろっぴくん、大丈夫かい?」と声をかけてくる。大丈夫じゃない、目の前が一気に暗くなった気がした。そうだ都さんは自分だけのものではなかった。彼女に限ったわけではないけれど。
埋め込まれたプログラムが起動する。
これは、『嫉妬』だ。
「すいません、買い物に付き合っていただいて」
彼女はそう言ってぺこりと頭を下げた。いや、頭を下げるべきはむしろこっちなのだ。いつもの通り仕事でブチ切れて(また意味のわからん言い訳並べやがって男ならきっちり金払え)投げた自販機が、彼女の身をかすった。青ざめた自分に彼女は笑って大丈夫だと答えたが、そういう問題ではない。
何かお詫びを、と思っていたら「買い物に付き合ってほしい」と。そうして俺は今、荷物持ちとして彼女の横を歩いている。でかい買い物バッグには芋と人参と玉ねぎ、キャベツにレタス。俺としては軽いもんだが彼女としては重たい方なんだろうな、と勝手に解釈した。
「この辺に住んでるのか?」
「あー、はい、まあ」
曖昧に答えて彼女は笑う。嘘っぽいな。まあ深くは追求しないでいいか。そこまで気になることでもなし。大体家を知ってどうする。
ふと、足を止めた彼女がキョロキョロと辺りを見回した。どうしたのかと様子を見ていたが、やがて少し表情を曇らせて小さく息を吐いた。
「どうした?」
「は、ああ、いえ、その……」
「?」
「……知り合いに、会えるかなぁって」
「知り合い」
「そう思って、来たんですけど。会えませんでした」
「連絡先は知らないのか?」
「えっと、家は知ってます。近くなんですが」
「会いにいけばいいじゃねーか」
「…………」
俺がそういうと、彼女は苦笑いしながら「急に来られても困るでしょう?」と言った。
もしかして、その知り合いってのは好きな男だったのかもしれない。安易に口にしたことを後悔した。
残念そうに肩をすくめて彼女は、「ここまででいいですよ。ありがとうございました」と俺の手からひょいと荷物を取った。大丈夫だろうかと思ったが足取りはしっかりしていたし、まあいいかとその場を別れた。
瞬間。
「やあシズちゃん。もしかしてデートの途中だったのかな?」
「……………………ノミ蟲ィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!」
本日二度目のリミットブレイク。ああ、彼女と別れた後でよかった。