あの平和島静雄と同じ顔をしているのだから、こいつもどこまでかっ飛んだ性格をしているのかと思ったら。
津軽くんは案外、普通のお兄ちゃんでした。
「サイケ」
「んー」
「こぼしてる」
「んー」
ぽろぽろとくずといちごジャムをこぼしながら、トーストを食べるサイケの面倒を津軽はかいがいしく見てくれる。津軽はどうやら、サイケのお兄ちゃん的存在のようだ。
私もいつまでも付きっきりでいられるわけでもないし(何せ私だって普通の大学生で授業があるのだ)、お世話係の津軽が来てくれたことは私としてもうれしいことだった。最初は、こんなでかいの家に入れたらまた部屋が狭くなるとかなんとかいろいろ考えていたのだけれど。
津軽はサイケと違って手もかからないし気も使えるし家事の手伝いとかもしてくれるのでむしろ助かった。いや、だからといってサイケが嫌なわけじゃない。サイケだって甘えてきたりじゃれついてきたりしてかわいいし。超かわいいし。マジかわいいし。
「…………」
「?さくらちゃんなあに?」
「サイケはかわいいなあって思って……」
「さくらちゃんの方がかわいいよ!」
口の周りにジャムをつけてサイケはにっこり。うあーやべークソかわいい。
彼の隣で大人しくお茶をすすっていた津軽は、ほ、と息をついた。津軽を見上げたサイケが、くいくいと彼の羽織を引っ張る。
「ね、ね、さくらちゃん、つがるは?」
「ん?」
「つがるもかわいい?」
ごほっ
サイケの言葉にいきなり津軽はむせた。だいじょーぶー?と背中をさするサイケに、津軽は片手を挙げてみせる。津軽か、うん、津軽もかわいいといえばかわいいんだけど。
「津軽はねぇ、頼りになる。かな」
「たよりになる?」
「うん。いろいろお手伝いもしてくれるし。助かるわ、いつもありがとう」
「……いや」
世話になってるのはこっちだからともごもごと濁し、津軽はまたお茶を飲む。照れてるのだろうか、かわいいなぁ。
「むー。さくらちゃん、おれもおてつだいがんばる!」
「ん?そう?」
「うんっ。だから、がんばったらごほうびちょうだいね!」
ごほっ
今度は私がむせてしまった。
ご褒美って、あれか。チューのことですか。どこぞの天才的馬鹿がふざけて入れたらしいプログラムのことですか?
津軽はきょとんとしているが、それを見ているにつまり彼にはそういったことはプログラムされていないと。
どういうことなの……!
「サイケ、ご褒美ってなんだ?」
「あっいやっ」
「んう?ごほうびの、ちゅー!」
ちゅー、とサイケは自らの唇を指す。津軽は、じっとサイケの唇を見たあとくるっとこちらを向いた。なんともいえない表情をしている。私のせいじゃない、そんな思いを込めてぶんぶん首を振ると、理解したのか津軽は「そうか」と言ってサイケの頭を撫でた。
「さて、私はそろそろ行ってくるね」
「えっさくらちゃんどこいくの!」
時計を見ながら立ち上がると、サイケが大げさに目を見開いて大きな声を出した。津軽に目配せすると、彼は何も言わず静かに頷く。
「どこって、授業出なきゃ……あと、バイト」
「やだやだ!さくらちゃんいかないで!」
椅子から離れた彼が私にしがみついてくる。その頭を撫でながら、さてどうしたものかと考えた。このわがままっ子め。
「すぐ帰って……は来れないけど、8時には帰るから。ちゃんとお留守番してて、じゃないと私、困っちゃうわ」
「……こまる?…………さくらちゃん、こまるの?」
「サイケが津軽とお留守番してくれたら、私はうれしいな」
「…………」
おずおずとサイケが離れる。目の端にはうっすらと、涙らしきものが浮かんでいた。かわいい奴め、そんな顔をされたら私だって行きたくなくなっちゃうじゃない。
頬を撫で、鼻にちょんとキスをする。やっと機嫌をなおしたらしいサイケは、「つがるとおるすばん、するっ」と椅子にちょこんと座った。
「……サイケ」
「なあに、つがる!おれ、おるすばんするんだよ。いいこしてるの」
「見送りついでに、少し外を散歩しよう」
「へ」
津軽の言葉に顔を上げたのは私。見送りついでに散歩って、確かにお外はとてもいい天気だけれど。
いいだろう?と津軽は首を傾げる。まあ、彼に任せておけば大丈夫だろうとは思うけれど。
サイケを見ればきらきらと顔が輝いている。サイケも津軽も、外に出るのは大好きみたいだから。
「……仕方ないな。あまり遠くまでいっちゃだめよ?何かあったら私に連絡すること。津軽、サイケのことよろしくお願いね?」
「ああ、わかってる」
「おさんぽ!ふふっ、たのしみだなあ、たのしみだなあたのしみだなあ!」
ぴょん、と椅子から飛び降りたサイケはコートを取りに部屋に走った。苦笑しながら、お茶を飲み干した津軽の髪に触れる。
「本当、助かるわ。ありがとう津軽」
「俺もちょうど外に出たいと思っていた」
「そうなの。じゃあ今度から、お見送りついでのお散歩を、日課に入れましょうか」
「ああ」
すっかり準備のできたらしいサイケが、玄関で私たちを呼んでいる。まったく落ち着きのない子だ、と二人顔を見合わせて笑った。