八面六臂とはまさにその名の通り万能なアンドロイドだった。家事は完璧にこなすしきちんとマスターである私の言うことを聞くし、賢いしうるさくないし他のソフトウェアの面倒もよく見てくれる。まああの子達が懐いているかどうかは別として。
そして私自身もまた、この子を素直にはっきりと、好きと言えることはできなかった。





「……サイケ?」

閉められたままの扉をノックして、声をかける。
あの日彼に『失敗作』と言われたサイケは、あれから部屋に引きこもりっぱなしになっていた。どんなに声をかけても、お散歩に誘っても出てこない。津軽に聞いたら、一応動いてはいるらしい。少し一人にさせてやってはどうかと彼には言われたが、やはり私にはあの子を放っておくことなどできない。
事故とはいえあの子がうちにやってきたことは事実で、あの子もちゃんとした私の家族なんだから。母親っていうのは少しくらい口うるさい方がいいのだ。

「サイケ、出ておいで。ちょっと私とお話しよう?」

こつんと額をドアにあてる。相変わらず中からの反応はなかった。かなしい。いなかった頃は当たり前だけどなんとも思っていなかった、けれど関わってしまったらあの笑顔を見れなくなるは、さびしい。

「サイケ、出てきて。お願い、出てきて」

呼び続けるとじわじわ涙がにじんできた。サイケがもう、ここから出てこなかったらどうしよう。もう今日で三日、私はサイケの声を聞いていなかった。



「咲良さん」
「……ろっぴ」
「またここにいたの。お茶が入ったよ」
「いらない。あっちに行ってて」
「随分嫌われたもんだなぁー。そんなにそこの出来損ないがいいの?ひとつとして役に立たない奴がさ」

くすくす笑いながら八面六臂が扉を指でなぞる。
確かに彼からすればそうなのかもしれない。でも私にとってはサイケは今ではなくてはならない家族の一人なんだから。それを悪く言うのは誰であれ、許されることではない。
笑い声が止んだ。彼から表情が消える。

「……俺の方が優れてるのに」
「…………」
「俺の方がよりオリジナルのイザヤくんに近いのに」

自分の方が優れているからって、それは劣っている人間を馬鹿にしていい理由にならない。サイケが劣っているとも思わないし。実際サイケにはいろいろと助けられているもの。それはもちろん、八面六臂にも言えることだけど。

「よりオリジナルに近い方が完成品に決まってる。そいつを見なよ、見た目ばかりがイザヤくんにそっくりで中身はてんで別人だ。ただの出来損ないだよ」
「……それでも私はこの子がいい」
「…………」
「にこにこ笑って一生懸命生きてる、この子がいい」

握りしめた拳に爪が食い込んだ。一人だったこの部屋に、明るさが生まれたきっかけを作ってくれたのは他でもないこの子なのだから。
そっと手を開けば赤く三日月のような跡が四つ。ズキズキと痛むそこを指でなぞりながら、私はドアから離れた。険しい表情を浮かべる八面六臂と向き合い、首を傾ける。

「サイケが嫌い?」
「俺と同じ顔の奴が、平和そうにへらへらしてんのがむかつく」
「そこがかわいいのに」
「…………」
「仲良くしてあげてよ。せっかく家族になったんだから」
「嫌だね。俺を出来損ないと一緒にしないで」
「サイケ、出ておいで。ろっぴがお茶を淹れてくれたよ」
「だから!」

キィ、と細くドアが開いた。できた隙間からピンクの瞳が不安そうにこちらを見つめている。手を滑り込ませて三日ぶりに触れた彼の感触は前と少しも変わらなかった。頭を撫でるとくすぐったそうに身をよじる。出ておいで、ともう一度ささやくと、サイケはその隙間を開きおずおずと現れた。

「サイケ、ほら、そんなに怖がらないの」

出来損ない、失敗作、と散々詰られたのがトラウマになっているのかサイケは私の後ろに隠れたまま。八面六臂はそんなサイケを静かに睨んでいる。
どうして仲良くしようと思わないのか、折原臨也がベースになっているからなのか……。でも臨也さんはサイケのこと、あまり嫌いではなさそうだったな。やはり性格面では、どんなに精巧に造ってもオリジナルとの若干のズレは少なからず生じるということか。

「ろっぴ、サイケは出来損ないなんかじゃないよ。彼は自分にできることをちゃんとしてる。彼のがんばりを否定しちゃダメだよ」
「…………ふん」
「ほら、仲直りの握手握手!」

無理矢理二人の手を掴んで結ばせる。見事に八面六臂の顔は歪み、サイケは戸惑いを隠せないといったところか。これで万事解決とはいかないだろうが、二人が歩み寄るいい機会になればと思う。それにほら、



あの顔が二人仲良くしてくれたら、見てるこっちもゴージャスな気分になれると思うしね?










「ろっぴろっぴ!フレンチトーストおかわりっ」
「は?自分で焼けば?」
「ぶー!ろっぴのケチケチ!きらいっ」
「ろっぴさん俺もおかわりー」
「あ、僕もいいですか?」
「はぁい、ちょっと待っててねー」
「!!リンダくんとみかてんくんばっかずるいよ、おれも!おれも!」
「サイケ、俺が焼いてやろうか」
「あんまり甘やかさないでよつがちゃん、そいつ一応長男だろ」
「えっそうだったんすか」
「津軽さんの方がお兄さんらしいですよね」
「ふたりともひどーいっ」
「……双子ってことにしとけ」
「んなら俺とみかてんも魂の双子だよな!な、みかてん!」
「ははははリンダ冗談きつい」



何故だろうか、ものすごくいろいろ早まった気がします




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