私にとって折原臨也はある意味、高校時代最も世話になった人間である。
いろいろと問題を起こすあの人たちのことは入学当初から話には聞いていた。そんな中、彼に興味本位で近付いてみたのだが。何をどう間違ったのか、私は気に入られてしまった。
彼が裏で色々やっていることはもちろん知っていた。反吐が出る、岸谷先輩の言葉も頷けた。それでも側を離れなかったのは、あの人の隣が心地よかったからだ。もしかしたら私も彼と通ずる部分があったのかもしれない。
平和島先輩と臨也先輩が殺し合いの喧嘩(殺し合いと明言している時点でそれはもう喧嘩ではないと思うが)をして、門田先輩が嫌々止めに入って、岸谷先輩が二人の怪我の治療をして、私はそれの一部始終を黙って眺める。毎日がそんな感じで、どうやらあの人はその日常を楽しんでいたらしい。
平和島先輩と追い掛けっこをしている時の彼はとても楽しそうだったし、逆に言えば、彼らと一緒でない時の臨也先輩はどこかつまらなそうだった。みんなでつるんでいるとき、彼はいつも機嫌よさそうに鼻唄を歌いながら私に絡んできた。変な人だと思ったけど、うれしかった。やっぱり人間、好意を持って接されると嬉しくなるものだ。
彼はまるごと削り取った人間の欲を綺麗に固めたような人だったけれど、私はそんな彼が嫌いではなかったし、彼の方もそれなりに私をかわいがっていたようだった。
私が高校時代で一番楽しかったのは、彼らが在籍していた最初の一年だったように思う。だから、強烈に記憶に残る思い出の殆ども1年生の頃のものなのだろう。
「おーい。おねーさーん」
「……正くん」
「どしたぁ?ぼーっとしちゃってさ」
「うーん。ちょっとね」
「?」
顔を覗き込む正くんをじっと見つめた。
あの人、正臣くんたちのこと、知ってた。どういう関係なんだろう。どう考えてもこの子は普通の高校生にしか見えないのに。あの人が動き回っている裏の世界とは何の関係もなさそうなのに。
「ほーいおっまたー」
黒いエプロンをつけた臣くんがキッチンから戻ってきた。今日の夕飯は俺が作る!と意気込んでいたので任せたのだが。大丈夫かなぁ、と心配した割に匂い、見た目は大丈夫そうだ。問題は味なんだけど。正くん曰く、「俺たち料理スキルもなかなかですから」だそうなので一応信じようと思う。
もぐもぐと少し塩辛いチャーハンを咀嚼しながら再び考え事。
別に本人たちに聞いても構わない……が、大抵あの人の名前を出したら関わった人はいい顔をしない。もしかしたら正臣くんたちもあの人の被害者なのかもしれないし、あの人が一方的に知っているだけなのかもしれない。
いずれにせよ一番早いのはあの人に直接聞くことだ。でも、
返せないままのメールを思い出して視界の端に映った携帯。
きっと私がどう行動するかはあの人は知っている。すぐに返事ができないこともその理由も、あの人は全て知っている。どこかで、私を眺めながら楽しそうに笑っているんだろうと思う。
「…………?」
「?なあに、臣くん」
「あ、いや、……砂羅さん、何かいいことあった?」
「そうだな……将来のヒモ候補が意外と料理が出来る子だったってところか……、しかし私はもう少し薄味が好みです」
「了解しました!!」
彼の言葉を軽くはぐらかして、携帯に手を伸ばした。
あの人は今、どこで何をしているんだろう
あのメールに返事を送ったら、どこからともなく現れるのだろうか。神出鬼没な人だったしな。送ったとたんにインターホンが鳴ったりして。それはないか。いやむしろそれは困るな、この子たちがいるし。
とりあえず、モノは試しだ送ってみるか
「あ。こら砂羅さん!食事中に携帯いじんなって!」
「ごめん正くん、すぐ済むから」
「なんだよ、大事な用事?俺たちよりも?」
「ふふふ。そうかもねえ」
「「ひでぇ……!」」
――送信 完了――