母国イタリアでは、ヴァレンティーノとは男性の側から女性に贈り物をする日である。しかしここ、日本ではその逆で女性から贈り物……一般的にはチョコレートを渡すのが普通なんだそうだ。
「はい、骸様」
「……はあ。ありがとうございます、クローム」
この世に生を受けて25年、未だ誰かから物をもらうのは慣れない。はじめて誰かにプレゼントをもらったのは、ああそうだ10年前の正月に、沢田綱吉の母親から『お年玉』なるものをもらった時、だったか。今はまったく関係ない話だが。
さっきもすれ違う部下の女性に「ハッピーバレンタイン!」という言葉と共にチョコレートをもらった。当代のボスが日本人であるため、日本の慣習に倣っているらしい。
青い包み紙を手の中で弄びながら、僕は一人の女性の姿を思い浮かべた。去年はなんでも、友チョコだと言ってクロームと交換し合っていた。なぜか男性陣には渡していなかった。もちろん僕にも。今年こそは、もらえるだろうか。
柄にもなく少しだけどきどきしている。彼女にもらったら、最上級の笑顔で礼を言うとしよう。楽しみだ。
「……じゃ、私ゆめこにも渡しにいくから」
「待ちなさいクローム」
「はい、骸様」
「……まさか今年も去年と同じ展開……というわけではありませんよね?」
僕の問いかけに彼女はすっと目をそらした。反応がわかりやすくていっそ清々しい。
彼女の肩を掴むと憂いを帯びた瞳が真っ直ぐ僕を見つめた。思わず、何も言えなくなってその手を離してしまう。
その隙にクロームは駆け出した。伸びた黒髪を揺らし、その手にチョコレートが入っていた白い紙袋を抱いて。
あの中にはもしかして、ゆめこに渡すチョコレートも入っていたのかもしれない。
「…………」
踵を返して僕も歩き出した。なんだか早く、ゆめこに会わなくてはいけない気がする。クロームよりも早く。彼女に会いたい。会わなければ。でないと
「ああ、ゆめこ。ここにいましたか」
「ん?おぉ骸くん。どうした?」
「クフ、ヴァレンティーノの贈り物をせびりに来ました」
彼女は無人の執務室にいた。どうやらここの主は出払っているらしい。デートでもしているのだろうか、彼に厳しい家庭教師も今日ばかりはそれを許したらしい。
いやむしろ、あの家庭教師がこの行事を重んじているのだろうとさえ思える。ところで部屋のすみに山積みになったカラフルな箱たちはすべて、チョコレートだろうか。
「ははは、骸くんならたくさんもらってるでしょう?欲張りだなー」
「ええ、でも僕はあなたからの贈り物が欲しいのです。何も、チョコレートでなくてもいいのですよ」
え?ときょとんとした彼女の耳に唇を寄せる。
例えば、貴女自身とか
囁くと面白いくらいにゆめこは赤くなった。からかうな、彼女はそう言ったがからかっているつもりなどこれっぽっちもない。本心だ。
さあ、どうしますか?にこやかに問いかける。ゆめこは目をそらした。
しかし小さく漏らされた、ずるいな君は……という言葉に、今度はこちらがきょとんとする番だった。
「……それはどういう」
「ゆめこ、ここ?」
「…………クローム」
聞き返す前に部屋の扉を開けた、かわいい僕の半身。大事に白い紙袋を抱えてほっとした笑みを見せる。が、その笑顔もちらりと僕を見た瞬間物憂げな表情に変わってしまった。どういう意味だろうか。
「クローム、」
「これ……チョコレート」
「あ、ありがとうクローム。ちょっと待ってね、私からも……はい」
薄ピンクの包装紙に包んだそれを受け取り、クロームはうれしそうに頬を染めた。またこちらをちらり、と見てなんとも言えない表情を作る。
「……クローム……!」
「ゆめこ、骸様にはあげないの?」
「え?あー……えーっと……だ、ね……」
「……あげないなら、あげないでいいと思う」
「!?」
何を言う、とクロームを見やれば、彼女はゆめこに抱きついてじっと僕を見つめていた。じっと。じーっと……
「……お前という子は……!」
「ゆめこ、行こ。談話室、お茶の準備してあるの」
「あ、うん」
それじゃあ骸くん、失礼するよ、ゆめこは僕の側を通り過ぎ執務室を出ていった。
ひゅるり、どこからか冷たい風が吹いた気がした。今年のヴァレンティーノもこれで終わるのだろうか。クロームに、ゆめこを、独り占めされたまま。
「……させませんよ……」
くふふ、と笑い声を漏らし彼女たちの後を追う。
さて、今日が終わるまでの数時間。僕は望んだ答えをゆめこの口から聞くことができるのだろうか。
title by 夏影様