いい加減、寝たい
Yシャツにネクタイを引っ掻けただけという実にだらしない姿で、ディーノはベッドの上でキーボードを叩いていた。サイドボードのデジタル時計はもうすぐ午前1時を指す。
短くなった煙草のフィルターを一度噛んで時計の横に置いた灰皿に押し付けた。断末魔のようなか細い紫煙をあげ、それは沈黙した。
「マフィアのボスって大変だねぇ。同盟ファミリーとの会合に情報収集、おっさん方のご機嫌伺いに自ファミリーの現状把握」
うわ考えただけで疲れる、とうんざりした声で後ろからゆめこは画面を覗き込んだ。一応コレ、ファミリーの大事な資料なんだけどなあと思いながら彼は、やめなさい、と後ろから顔を出す彼女を制す。
「ぶっ……女の子の顔掴むとかサイテー」
「はいはい俺はサイテーな大人だよ。サイテーついでにゆめこ、アストゥートファミリーの情報どうなった?」
ディーノの言葉にゆめこはきらきらと目を輝かせた。にい、と猫のようにその目を細めると、ベッドの上にごろん、と寝転がる。
ばっちりだよ、私は与えられた仕事はばっちりこなすよ、誇らしげにそう言って彼の黒いネクタイを引っぱった。
「じゃあその仕事の成果を見せてもらおうか?」
ぎしり、と彼女の顔の横に腕をつく。しかしゆめこは少しの動揺も見せることなくむしろ楽しそうに笑ってみせた。
「いくら出す?」
「…………」
閉口。
前金で払ったはずだと思ったのだが思い違いだっただろうか。いやそんなはずはない、アタッシュケースに詰められた紙幣に目を輝かせながら彼女は確かに「おっけーまかせて」と語尾にハートマークを散らしながら言ったのだ。見えないしっぽをくゆらせて、猫なで声を出して。
「あれは言わば『調査料』?ってやつ?情報引き渡しは別料金だよ、ドン・キャバッローネ」
どっちが悪党だか。
心の中でごちてディーノはため息をついた。これ以上、こいつに金を払うのは癪だな、と。まったくとんでもないものを捕まえてしまったようだ、大人しくフゥ太に頼るべきだっただろうか。いやしかし今弟分の家で平和に暮らしている彼の生活に水を差すのも
「さあ、どうするのボス?」
「…………」
まずは目先のうるさい猫を黙らせることにしよう。
もとより引っ掻けただけだったネクタイを床に放り投げて、意識して吐息を織り混ぜた声で語りかける。
「俺の身体で払うってのは?」
その言葉にゆめこの目が一瞬揺れた。そしてまたその目を細めて口の端を吊り上げると、
「お釣りが出ちゃう」
そう言って彼の唇に口付けた。
翌朝目覚めると、隣にゆめこの姿はなかった。代わりに、綺麗さっぱり紙幣が抜かれた財布が床に所在なさげに落ちている。カードや何やらは抜かれていなかったのは、彼女の中に残っていた最後の良心だろうか。
やられたな、とがしがし頭をかいて床に落ちたYシャツに腕を通す。ふと、胸ポケットに感じたカサリ、という違和感。なんだ?と手を突っ込んでみればそこには、マイクロチップとメモ用紙が一枚ずつ収められていた。
どうやら、確かに仕事はこなしていたらしい。中身を確認するためノートパソコンを立ち上げながら、残されたメモ用紙の方を手に取った。
『resto(釣り銭)』、という文字と共に書かれたアルファベットと数字の羅列。
つまり連絡先ね
ディーノは苦笑した。ごうつくばりでかわいい情報屋は、どうやら自分を気に入ってしまったようだ。
メモ用紙にチュ、と口づけディーノは携帯を手に取った。
さて、まずは抜き取った紙幣を返してもらうことから始めよう。
title by 夏目様