2年付き合った彼氏にふられた。他に好きな子ができたんだそうだ。ひどいよね、つい一週間前までは「ゆめこのこと、世界で一番好きだよ」とか言ってたくせに。あなたの中の世界ランクっていうのは一週間で入れ替わるものなんですか?なんて安っぽい愛の言葉。羽毛もびっくりの軽さだ。

「………ひっ、う……」
「…………」
「ふっ……グスッ」
「………………」
「ふぇ、うぅ……っ」
「……あのさ」

トン。
大きい机の上でプリント類を揃えた雲雀くんがうんざりした声を出した。黒い革張りのソファーから顔をあげた私は、そんな彼をじっと見つめる。涙で視界不明瞭、しかし不機嫌な顔をしているらしいことはわかる。

「どうして君、ここで泣いてるの?」
「ひっく、失恋したから?」
「意味がわからない」
「だってここなら、興味本意に声をかけてくるお節介な女子は寄り付かないもの」

カーディガンの袖で涙を拭う。雲雀くんは重たいため息をついて頬杖をついた。
知ってるよ、雲雀くんは校則を守ってて尚且つ群れていない生徒にならそれなりに優しいってこと。困っていたら、自ら手は出さないけれど解決の糸口を示してくれる人だってこと。冷たいように見えるけど、突き放したようなそれも優しさのひとつだってこと。

だから雲雀くんは私を追い出したりしない。でも不必要に慰めたりもしない。私が一人で、ちゃんと立ち直るまでそばにいてくれる。雲雀くんはそんな人だ。



まとめたプリントを机の脇に置いた雲雀くんは、応接室に設置された簡易キッチンに立った。がたがたと戸棚から出したのは紅茶の缶。やかんを火にかけて、ポットとカップを用意している。
あ、お茶淹れてくれるのかな。確かに少し喉が渇いたかも。
すん、とひとつ鼻をすする。しばらくして雲雀くんはお茶とお菓子を持ってきたがしかし。

「……あの」
「なに」
「わたしのぶんは……?」
「自分で淹れれば」
「雲雀くんのバカァ!」

忘れてた。徹底して雲雀くんは、目に見えて人のために動かない人だった。でもたまには目に見える優しさも……いやこれでこそ雲雀くんなのか……
ぶつぶつと文句を言いながら、出しっぱなしの紅茶の缶を掴む。

「…………あ」

これ、私の好きな紅茶だ。

こっそりと、後ろを振り返る。雲雀くんは涼しい顔でクッキーをかじっている。よく見ればあのクッキーだって私が好きなお店のものだ。
私の視線に気付いた雲雀くんは眉間に皺を寄せて私を睨み付けてくる。

「なに」
「あ、えっと」

なんでもない、そう返して慌てて前を向いた。ポットからふんわり香る、紅茶のいいにおい。しばらく蒸してからカップに淹れて、急いでソファーに戻った。
雲雀くんがもくもくと食べているクッキーに手を伸ばす。ぴくり、と一瞬反応したけれど、それ以上彼は何も言わなかった。
やっぱり。
いつもなら「勝手に食べるな」ってたたいてくるのに。今日はなんにも言ってこない。

「……えへへ」
「気持ち悪い」
「雲雀くん、ありがと」
「僕は何もしていない」

いつの間にか涙も引っ込んで、自然と笑いがこぼれてくる。
仏頂面の彼のお向かいで、私はただ、傷ついた心を癒していた。



title by 九条様



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