「あの……えっと」
フードコートでだらけていたら、突然現れた女に「コイツ借りてくぞ!」と一緒にいた陽介が連れ去られた。よく見たらあれは陽介の彼女だった。
その代わり、残されたのは彼女の友人だという女性。あの人と違って、小柄なかわいらしい人だった。戸惑った様子で、二人が走り去っていった方向と俺とを交互に見ている。なんだか、小動物のような人だ。
「……とりあえず、なんか飲んで待ってますか」
「あ、……ハイ」
フードコートに二人で座って会話もないままジュースを飲む。こっちが奢るつもりだったのに、「私の方が年上なんだから」と奢られてしまった。どっかの誰かとは大違いだ。俺に関わる女性の半分以上は彼女を見習った方がいい。
ところで、いつまでも会話がないのも辛いな。かといって共通の話題もあのカップルのことぐらいしかないし。
ぼんやり考えていたら、バイト中のクマがふらふらとこちらに近づいてきた。手に持った大量の風船がゆらゆら揺れている。
「センセイこんにちはクマー、デートクマ?」
「いや、この人は陽介の彼女のお友達」
「はっはーん、さっすがセンセイクマね、狙った女は逃がさないクマ!?」
「聞けよ」
「えっ、あの、あの……」
「ああ。気にしないでください」
ぼこ、とクマの顔面の中心を殴る。センセイしどい、泣き声が聞こえたが無視した。
まるで俺が女にだらしがない男みたいじゃないか。女の子には優しくするが、そこまで深い関係になったことはないぞ。つまりこっちに来てからは彼女というものを作ったことがない。
だからその、そんな目で見ないでください。
「…………言っておきますけど、俺は見境なく女性と付き合うような人間じゃありませんからね」
「え!?あ、あの、あ、ご、ごめんなさい」
やだ私ったら、恥ずかしそうにはにかんで、彼女はごまかすようにジュースを口に含んだ。
本当にかわいい人だな。なんでこんな人があの人と友達なんだろう。謎すぎる。どっからどう見ても野獣と妖精さんだぞ。
「あ、あの、……えっと、今、陽介くんたち何してるんでしょうね!」
「さあ……陽介のことだから、物陰であの人に喰われてるんじゃ」
「え……」
「…………すみません。冗談です」
赤くなった彼女に思わず謝ってしまった。この手の話題には耐性がないのだろうか。本当に、本当にあの人の友人か?ますます疑わしい。
「こっちこそ、ごめんなさい……ふふ、恥ずかしい。私の方がおねえさんなのに」
「よくあの人と友達付き合いできますね」
「私といる時はあんなかんじじゃないよ?もっとふつうの、女の子」
「……あの人の普通が想像できない……」
「そお?一緒にお買い物したり、お勉強したり……普通になかよしだよ」
「あれが普通に買い物したり勉強したりするんですか……!」
「もー、あの子をなんだと思ってるの?」
野獣か魔女です。
素直に答えることはせずに笑ってごまかした。彼女もくすくすと笑っている。
どうやらあの重たい沈黙からは逃れられたようだ。一応クマに感謝しておくか……
「ゆめこー!」
「あ」
「ん?」
呼ばれた名に顔をあげたら、ずるずると相棒を引きずったあの人が手を振っていた。どうやら用事は終わったらしい。心なしか、陽介の顔が青白いように見えるがきっと気のせいだろう。
べしゃり、と彼女が陽介をその場に捨てる。同時に彼女が立ち上がってこちらを向いた。
「じゃあ私行くね。……またね、瀬多総司くん」
…………あれ?
「え。俺の名前……」
「うん、知ってたよ」
だってあの子にきみのおはなしを聞いてから、どんな子なのかなあってずっと気になってたんだもの
耳元で囁いた彼女はにこりと微笑んであの人のところへ駆け出した。
か、と頬に熱が集まる。よろよろと俺の元に戻ってきた陽介が、力なく俺の顔を指し、「お前、顔真っ赤だぞ?大丈夫か?」と弱々しく尋ねた。
俺よりお前が大丈夫か。